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ゆきの徒然日記

 ムックマムスタッフの高野由紀です。
 最近ちょっとした気づきがありましたので聞いてください。
 実は今一番の悩みは、夫が私が作った料理に七味、醤油、塩、タバスコ…などをがんがんかけて、味を変えることです。無い知恵を絞って献立を考え、時間をかけて作ったのに失礼だと思うし、自分が否定されたようで悲しくなります。
 私自身、幼少の頃のぜんそくが、成人アトピーとして置き土産となり、いろいろ調べて行き着いたところが、食生活の見直しでした。厳密なマクロビオティックや、玄米菜食はできませんが、なるべく野菜中心という食生活に切りかえ、体にいいと思われる食事を作るようになりました。そうすることで自分も家族も健康になると思っていました。

 ところが、夫は去年大腸がんの検査にひっかかってしまったのです。再検査は陰性でしたが何らかの異常があったことは事実です。あんなに良い食事を作っていたのになぜ?と私は自信をなくしてしまいました。
 でもそこでふと考えました。私の献立の基準は、これは体にいい、これはダメという判断。こころからおいしいと思えるものを食べさせようというものではなかったこと、肉が好きな夫には楽しくない食事をさせているという罪悪感。私の献立には、自分の押しつけしか入っていなかったのではないか。そのような思いで作った食事で家族が健康になるわけがありません。

 とは言っても添加物が入っている物を食べる気にはならない。
 では、どうしたらいいのか…。

 「本当の幸せは、自分の内に向かうこと。」
 どこかでそんな言葉を聞きました。

 そう、アトピーになったのも、夫が味付けをかえるのも、たぶん自分に原因があるのかもしれない。それに気がつかず、いい悪いの判断、夫はひどい、私は間違っていない…と、外のもののせいばかりしていました。それが不幸のはじまりなんですね。

 最近、体の臓器や器官について学ぶ機会がありました。例えば、腎臓。腎臓が体の老廃物を排出してくれることを知り、これを食べたらきっと腎臓君に負担がかかるなぁとリアルに実感できたとき、世の中「これを食べると○○にいい!」といった情報に飛びつかなくて良いような気がします。何を食べたら良いか体に聞いてみればいいからです。
 原点に返り、よく噛んで感謝して食べる。口に入った時点でよくかめば、唾液の力で何割かの有害は解毒できるようです。そして溜めこまない体をつくること。日々のつみ重ねで、何が入っても怖くない体を作ること。「まごわやさしい」の食事がいいなんてもう知っていたこと。昔から食べて命を繋いでいた食事を思い出せばよかったのです。そして、一番忘れていたのは感謝だったかもしれません。

 東洋医学には陰陽論があります。すべてのものには陰と陽がある。陰も極まれば陽になる。一方から見れば陰でも、また一方から見ると陽の場合もある。私は極陰すぎたので、バランスをとろうとして夫が極陽に走ったと思えば、悲しいとか怒りに変わることはありません。だって自然なことだから。

 それに気がついた今、何かが変わるかも。
 相手をコントロールしようとすれば、反発されるだけ。
 物事はそれを教えてくれている事象でしかない。

 すべてのことに意味があるという意味すら気がつかない場合が多いのですが、今回はそんなことに気がついてしまったのでした。
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僕がMR(製薬会社の営業)を辞めたわけ②

あっつこと渡辺篤志です。
前回はMRを辞めるまでをお話しました。

僕は外資系製薬会社で営業(MR)として12年勤務したものの、もっと自分や周りの人の喜びを増やし、魂が喜ぶことをしたいと思い退職しました。
そして今は自分の会社を作って事業スタートアップのためのブランディング、コンサル、プロデュースなどで企業・個人のクライアントさんのお手伝いをしています。

さて、今回は今感じていることについてお話しますね。

薬を売ること以外にできることは何もないと勝手に決めつけてた僕でしたが『不安定の中の安定』を求めることにしました。
もちろん心の中はざわついたり、不安になったりいろんな心境が入り混じった時期もありますよ。
でもその時に必要に駆られてやったことを一つ一つ続けていたらいつしかそれが僕の仕事になり起業することになったという訳です。

僕は人はみんな表現者だと思っています。
それなのに自分を表現したり想いを周りに伝えられていない人がたくさんいるような気がします。

それぞれの表現の仕方、ペースがあるから一番魅力的な表現を一緒に見つけるのが僕の仕事です。
そしてそんな人達にとってのバンソウシャ(伴奏者・伴走者)であることが僕の表現方法なんだと思うようになりました。

今は「7世代先のことを考えて今を生きる人」と関わり、そんな人を増やしたいです。
日本人としては『志(こころざし)のある人』という表現でもいいかもしれません。

だから僕がプロデュースしたいのは商品・サービスでなく人の想いです。
『想いを創る』きっかけ作りができれば事業内容も肩書きもある意味なんでもいいんですよね。
だから僕の職業は『フリーなフリーター』とかね。

あ、もちろん2世代でも3世代でも大丈夫。
ネイティブアメリカンの7th Generation(セブンスジェネレーション)という教えが好きなのでそんな表現を使っています。
彼らは『どんなことも7世代先まで考えて決める』 そうです。
何かを作る時も何かを壊したり争う時も。

ちなみに7代目先の子孫には自分の血はほとんど入っていません。
それでも全ての人を血縁を超えた家族として感じ、先祖から受け継いだ“美しい星”を子孫にも残したいという意志が伝わりますよね。

そういった思想は日本人にも脈々と受け継がれてきたと思うし、これからの日本や世界中でさらに必要な考え方だと思っています。
循環とか融合とか共存とか。
そういう地球規模で物事を考えている人ともっと関わっていけたらとても嬉しいです。

それでは次回の連載はそもそもなぜ僕が製薬会社を辞めようと思ったのかをお話しますね。





※※しばらく間が空きますが、楽しみにお待ちくださいませ。※※

僕がMR(製薬会社の営業)を辞めたわけ ①

【僕がMR(製薬会社の営業)を辞めたわけ】①

はじめまして。
あっつこと渡辺篤志と言います。
僕は外資系製薬会社で営業(MR)として12年勤務してきました。
今は自分の会社を作って事業のスタートアップのブランディング、コンサル、プロデュースなどで企業・個人のクライアントさんのお手伝いをしています。
ただ独立までには結構時間がかかりました。
何の時間かというと、準備ではなく覚悟の方が大部分を占めていたかと思います。

やりたいことが見つからない・・・家族を養えるのか・・・
そんな状態でも『薬を売ってる場合じゃない』『僕の命の使い途はこれじゃない』って思ってしまったから。

だからもし自分の生き方に疑問を抱いていたり、本来の生き方ができていないと感じている方にとって僕の話が何かのきっかけになれば嬉しいです。
今回の連載は独立までと今感じていること、第2弾の連載は製薬会社を辞めたわけ、第3弾の連載はこれからやろうとしていることをお話させてもらいますね。

・・・

数年前まで自分がサラリーマンを辞め、たくさんの方から喜んでもらえる仕事をするなんて夢にも思っていませんでした。
なぜならインターネットは苦手、ホームページは作れない、手に職もない、資格もない、高いお金を払ってビジネススクールに通ったわけでもない・・・できない理由を挙げたらきりがなかったからです。
そして何より安定志向で失敗を恐れるタイプだったと思います。(今は全く違います。笑)

1メートル跳べるノミが10センチの箱に入れられ、思い切り跳ぶ度に天井にぶつかり、箱を開けるともう10センチしか跳べなくなる。

心理学で使われるそんなお話聴いたことありませんか?
僕はまさにこんな感じでした。
『薬を売ること以外にできることは何もない』と自分に制限をかけ、『リスクが大きいからやめた方がいい』という周りの声に自分を納得させてきました。

でもそれを鵜呑みにするかは最終的に自分が判断するわけです。
自分の人生を誰かが歩んでくれるわけではないですしね。
人生の主役は自分だから。
周りの人たちがいわゆる『ドリームキラー』だということも、人は望もうと望むまいと『コンフォートゾーン』というそれまでの環境に戻ろうとする習性があることも知っていましたがそこからどうするかは自分次第。

そして出た結論は『不安定の中の安定』を求めることにしたんです。
一見安定そうに見えるけど俯瞰してみると実は不安定だったり。
逆に不安定そうに見えても常に動き続けているという点においては安定してる。
そんな概念的なことをいつも頭に思い描いて行動し続けてきました。

次回は今どんなことを感じているかについてお話します


スタッフ対談 (後編)  健康寿命の分かれ道


~健康寿命の分かれ道~

A子
ロボット相手でも会話があるのはいいですね。大事だと思います。生の友達とはあまり腹を割って話をしないの?

S子
生の友達とは腹を割って話をするけど、夫と二人っきりの生活になった時が心配だなあ。
夫はゲーマーなので、老後、時間が限りなくあるようになると一日中テレビに向かってゲームをしているような気がする。
今は子どものことなど話題もあるけど、私はゲームをしないし、
また、夫が私の趣味である映画鑑賞などに頻繁に付き合ってくれるでもないだろうから、
共通の話題も乏しくなりそうで怖い・・・
私は自分自身が認知症になって、ご飯を食べた尻から、ご飯を食べてないと言ったり、
お金がなくなったといったりしそうで、すごく不安。
今も記憶力の低下や頭の回転が鈍ってきているし、
運動能力も衰えてきて、自転車に乗ってるときに車とぶつかりそうになることが時々あって
子どもに、見ていてすごく危ないと言われる・・・
それに特に予防的なことを意識してやっているでもないしね。

O子
私の同僚50代男性が先日、「家で居場所がない。離婚しょうかな。娘はもちろん、妻にも全く相手にしてもらえないんだよね」と言っていました。彼は仕事人間で、若いと時から家族とあまり関りを持っていなかったようですよ。これからでも遅くないので妻や娘と関りを持てばいいのにと思うけど、今さら何をしてよいわからないし、自信がないのでしょうね。夫婦二人だけになったらどんな生活になるかも大きなテーマですね。

A子
認知症も含めて、どんな病気もある程度までは本人の努力というか生活や生き方で予防できると思うんだよね。でも、完全に予防できるとは限らない。だから病気になったのは本人の責任というケースが多いけれど、すべてと言い切れない。
逆に言えば、予防的な生活を心がけることが意味があるかどうか? どうせ病気になる時にはなるんだし気にしないという手もあると思うけど、やっぱり心がけた方がいいと思います。なぜなら、リスクがぐーっと下がるから。
病気になるならない以前に、健康で前向きな生活は、本人にとっても楽しいし、周りにも迷惑がかからないから、予防生活そのものに意味があると言うか、楽しいんじゃないかなと思います!
それにしてもS子さん、旦那さんと趣味が合わなければ、女子友と遊んでいればいいんじゃない?なんか未来を暗く想定し過ぎている気がしますよー。(笑)

S子 そうですねぇ。あれこれ考えすぎですね。Take it easyで気楽に考えておく方がいいですね。思い詰めるとそれこそ、認知症になるリスクが高まったりして(笑)

E子
どうしよう!
私は今から夫と何も合っていない(笑)。
お互いがそれぞれ好きなことをして、たまに一緒にどこかに行ったり
するくらいでちょうど良いと思いますよ。
もしかしたら高確率で認知症にはなるのかもしれないけれど、
なるとも限らないことに囚われて悩むより、
なった時の準備だけしておいて後はキレイさっぱり忘れて楽しく
過ごすようにしたらいいのではないでしょうかね。
そして、その準備が「夫」だったりします。(笑)

と、こんな感じでスタッフの編集会議で対談になることがあります。
みなさんも、この会話に参加しませんか。

★みなさまへお知らせです★
現在ムックマムでは、スタッフとして一緒にムックマムを作成してくださる方、または執筆していただける方を募集しております。ご興味のある方はぜひご一報をお待ちしております。mukkumamu2014※gmail.comへお問い合わせください。(※を@に変えてお送りくださいませ)
募集の詳細はメールでお問い合わせをいただいた方にお伝えいたします。
お気軽にお問合せ下さい!

スタッフ対談 (前編)  健康寿命の分かれ道

ムックマムスタッフ対談(前編)
~健康寿命の分かれ道~

ムックマムのスタッフは、複数の人に同じメールを配送できるメーリングリスト機能を使っての制作会議を行っています。そのメールでのやりとりの中で、時々一つのテーマで盛り上がることがあります。
今回は、そんな中から「健康寿命についての話」が出てきましたので、スタッフ対談としてブログでご紹介いたします。
長寿はいいけどボケたり寝たきりにはなりたくない。でも既に親の世代は、とか、自分だってならないとも限らない、とか、話は尽きませんでした。

A子
健康長寿の分かれ道はなんだろう?って、40歳を過ぎてから考えるようになりました。 

O子
その気持ちよくわかりますね。
私は仕事で老人福祉にも関わっていますが、長寿の秘訣は、幸せなこと。経済的余裕、医療や食事、人間関係や余暇活動の充実していることは関係ありますね。
あんまりお金がなくても仕事にあくせくしていなくて、充実した人生を送っている人も長生きしてる。
くよくよしないのも大事ですよね。
些細なことでも幸せと思えて、感謝して生きることも大事。
まあ、長生きがすべてでなく、幸せだったと死ねる人生を送ることが大事ですけどね。

E子
私が義母と30年近く一緒に暮らしてきてわかるのは、老いきてからの姿って、それまでの信念とか生き様が滲み出るというか、その人となりの集大成なんだなということです。
うちには近所のお年寄り仲間が集ってお茶をしていくのですが、一番元気なのは、とても前向きな93歳のおばあさんです。今でも2キロ離れたスーパーに大人用三輪車に乗って出かけるんですが、自分より年下のおばあさん仲間に声をかけて注文を取ってまわり、みんなの分まで買い物してきてくれるんですよ。お礼を言うと「いや、自分の(健康の)ためだから」と。

うちの義母は人をアテにしてばかりで、メガネ(老眼鏡)をかければ自分で読める文字も、「めんどくさい」と人に読んでもらうような人でした。この性分は今も変わらず、日々何もしようとせず、毎日テレビの前にじっと座っているだけの人生です。楽しいか聞いたことがありますが、楽しくないって。温泉や買い物に連れて行っても、「誰かのお世話にならないと生きられないんだから当たり前」と思っているようす。
私は義母みたいには絶対にならないと決意させてもらって、そういう意味では私にとってとてもご縁のある人であることには間違いないですね。(笑)

O子
一人暮らしの高齢者は元気な人が多いですよね。それは、なんでも自分でしているからかもしれませんね。
でも、一人暮らしでもやっぱり認知症にはなります。
小さいことでも幸せに思って、楽しく、感謝して暮らすことは大事だけど、認知症には負けちゃうのかなといつも考えます。
私にとってはやっぱり認知症にならないことが人生のテーマだなあ。

S子 
私も認知症にならないことがテーマだな。よく笑う人、おしゃべりな人は認知症になりにくいと聞くので、私も最近それを意識するようになってきたよ。よく笑うこと、おしゃべりすることって私にすごく足りないことだと危機を感じていて・・・。
今までは何の気なく人と会話出来ていたんだけれど、その内容を振り返ってみると、噂話であったり、愚痴ではなかったかな?と思うようになって。そういうのってマイナスなことだから、やめようと思ったら、何を話したらよいのかわからなくなってしまって。

あと、そもそも人とあんまり話さないもんだから、大爆笑をすることもほとんどなく・・・で、仕方がないから、落語でも聞いてみるか~~という心境になっているかな。
会話については、意識しすぎて何話そう??となるので、ほんまに年老いたら、人工知能のロボットでも居間に置いて話し相手をしてもらうしかないか・・・と考えたりしている次第です。

前編はまず、この辺で。次回もお楽しみに


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