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継続は心の筋トレ(1)

継続は心の筋トレ(1)


菰淵 佳緒里(こもぶち かおり)

8歳の長女と4歳の長男を育てる主婦。香川県在住。結婚10年目。
好奇心にまかせて身体や心を整える知識を探すハンター。
200回以上のコーチングやセラピーを受けたことをきっかけに
「自分らしく生きることが誰かのためになる」という信念のもと
Twitterなどで情報発信し、オンラインの勉強会も開いています。
大好きな家族、仲間とともに充実した時間を共有するのがしあわせです。



今回ムックマムさんとのご縁をいただき、文章を書かせてくださり、嬉しく思います。
ありがとうございます。

これから3回にわたり「継続は心の筋トレ」というテーマで
私が物事を続けられる力に気付いたことについて書いてみます。

あなたは、何かを続けたいと思った時、どんなふうに始めますか?

「何を始めてもうまくいかないんですよね…」
「やればいいことは、わかっているんですが…」
「どうにもやる気がなくなって…」
「私って、続けられない人だから…」

物事を続けられない。
何かを始めたとしても途中で忘れたりサボったりして
結局元の状態に戻ってしまう。

これは、とても悲しいことですよね。

私も長い間ずっと何かを「続けられない」ことに悩んでいました。
正確に言うと私は「続けられない人だ」と勝手に思い込んでいたのです。
ただ、ここ最近の私は「続けられる」レベルが少しずつ上がっているんです。
しっかりと「続けられていることがある」と自覚できるようにもなってきました。

ここ最近の例では
・加圧トレーニングを週1回で1年以上継続
・3週間毎朝ゴーヤジュースを作って飲む
・オイルプル(ごま油うがい)をゆるく継続中

今回は、続けられた経緯を振り返りながら、継続に必要なポイントは何かということを
自分なりに分析しました。

その理由は主に
①目的を持って楽しんでいたら自然と続いた
②逃げ場のない状況を作り、期限を区切った
③ゆるいルールにしてOKを出しやすくした

だと思っています。

それでは、ひとつずつ順番に書いていきます。

まずは、加圧トレーニングについて。
きっかけは自宅から車で5分ほどの湯川クリニック&Wawaさんに
講演会のチラシを持って行ったことでした。
正直、この時はとても気持ちの沈んでいる時でした。

ただ単に頼まれた仕事を終わらせてさっさと帰ろう。
そう思っていました。

そして、お店に一歩足を踏み入れて、店内を見回してみると…
こんな店があったなんて!

自然食品や健康グッズなどがたくさん並んでいて
とても興味を持ちました。

チラシを渡したあとたくさんの会話を楽しみ
加圧トレーニングマシンの体験もさせてもらいました。

ここで筋トレを始めたら、もっとしっかり動けるようになるかもしれない。
元気になるかもしれない…

当時疲れやすくて体力にも自信がなかった私は
・筋力をつけてカッコよくなる
・血流が改善してシャキシャキ動けるようになる
・運動神経がよくなるかも

いろんな希望を胸に、加圧トレーニングを始めることにしました。

トレーニング自体は辛いものではなく自分のペースで取り組めます。

時間も、他の習い事のように固定の時間ではなく
自分の予定に合わせて予約を入れられます。

そんな好条件も続けられたひとつの要因だと思います。

最初は20回だったスクワットも今は、より負荷を大きくして
ダンベルを持って50回近くできるようになりました。

ただ決められたメニューをこなすのではなく
体の状態を感じながらトレーニング自体を進化させることができる。

こうして私は1年以上、加圧トレーニングを続けることができています。

次回は、
継続のきっかけその②について書いてみようと思います。




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本屋という「コミュニケーション・デザイン」 第3回

★プロフィール
ニシダタクジ(本名:西田卓司):余白おじさん/現代美術家(リレーショナル・アー ト)/NPO法人ツルハシブックス代表理事/暗やみ本屋ハックツ発起人/かえるライブラ リー発起人
1974年千葉県出身。新潟大学農学部在学中に「畑は人と人とをつなぐ」と直感し、1999年「まきどき村」を設立。その後、出版社の地方書店営業などを経て、2011年新潟市に「ジブン発掘本屋ツルハシブックス」を開店、店内に設置した「地下古本コーナー HAKKUTSU」などで地域の大人と中高生との接点をつくる。2015年より茨城大学でコーディネーターとして勤務しながら東京・練馬で「暗やみ本屋ハックツ」を開始。2018年よりフリーとなり、参加型本屋「かえるライブラリー」をスタート。福岡県福津市津屋崎 「なまことかえるライブラリー」をはじめ、各地で本をツールとした場づくりやコミュニケーション・デザインを行っている。

第3回 「創造的脱力」としての本屋

昨年秋、「創造的脱力(若新雄純 光文社新書)」を読みました。
福井県鯖江市役所内にある女子高校生だけの「JK課」やニートだけを集めた「NEET株式 会社」などの攻めた企画で知られる著者のコンセプトが「創造的脱力」です。
「創造的破壊」は、反発を生むので、「創造的脱力」から入る。正面からぶつからない。「うまくいったらいいな」くらいで始めてみることが大切だということでした。
創造的脱力
ああ。
私が失敗した理由はここにあったのか、と気づきました。
2015年1月から2018年3月まで、私は関東にある地方国立大学の社会連携センターでコーディネーターという職についていました。
ツルハシブックスをやっていたときに、「やりたいことがわからない」とか「自分に自信がない」とか言う新潟大学の学生が多かったことと、「うちのまち なじみのお店 ものがたり」(2014 内野)などの商店街や粟島などの離島、岩室温泉などの街中を離れた地域で行ったプログラムなどを通して、地域でのプログラムが学生のキャリア形成だけでなく、精神的にも効果が高いと考え、それを大学本体がやればいいと思ったからです。
大学がそのようなことに取り組めば、「地域プロジェクトに取り組む」という文化が、高校、中学へと波及していくのではないか、と考えました。
しかし、私の試みは失敗しました。教育的意義があるものとして、地域活動を位置づけ、そこに取り組んでいくためには、たくさんのハードルを越えなければなりませんでした。
そしてそこには、踊る大捜査線のように「正しいことをしたかったら、偉くなれ」の世界が広がっていました。
「創造的脱力」を読んで、「ああ、だから私は失敗したのだ」と思いました。読書の醍醐味のひとつは、自らの失敗の理由がわかる、ということだと私は思います。
私は失敗しました。
「一気に変えたい」と思ってしまったこと。
コミュニケーション・ツールとして、大学を選んでしまったこと。
創造的破壊を志向してしまったこと。
本屋をはじめ、「偶然」の出会いをつくり、ゆるいコミュニケーションをとってきた自分の手法は、「創造的脱力」を志向してきたはずです。

〜ここから「創造的脱力」から引用
「こういうのもあっていいんじゃないですか?」とか、「まずは実験してみよう」といって、本流ではないところで、周辺からアクションしてみる。既存のシステムや勢力を直接には攻撃してしまわない離れたところから、でも、ちゃんと見えるところから、それをやりたいという当事者たちが集まって、真面目に考え、小さくてもいいから、何かが変化するような振り切った実験を、真剣にやってみるのです。
失敗したならやり直せばいいし、もしうまくいったらなら、どんどん増やしたりひろげたりすればいい。すると、そこに人や情報がどんどん流れてきて、いつかは本流にすり替わったりするかもしれません。もちろん、新しい支流や一つの文化になるだけでもいい。
これが僕の考える、「創造的破壊」ならぬ「創造的脱力」です。
〜ここまで「創造的脱力」より引用

本流ではない、周辺でアクションしてみる。まずは実験してみよう、とやってみる。ツルハシブックスとは、そういうアプローチだったはずです。
退職してからフリーとなり、誰もが本屋になれる仕組み「かえるライブラリー」を考案し、福岡県福津市津屋崎などで活動を開始しています。家賃ゼロ、従業員ゼロという脱力系の本屋です。

私はこの5月より、新潟県内のとある高校を中心としたプロジェクトに参画します。高校生の学びと地域資源をどのようにデザインしていくか、そんなプロジェクトです。
肩に力を入れず、脱力して、仲間を募りながら、小さな実験を繰り返していきたいと思います。
全3回にわたり、ありがとうございました。

本屋という「コミュニケーション・デザイン」 第2回

★プロフィール
ニシダタクジ(本名:西田卓司):余白おじさん/現代美術家(リレーショナル・アー ト)/NPO法人ツルハシブックス代表理事/暗やみ本屋ハックツ発起人/かえるライブラ リー発起人
1974年千葉県出身。新潟大学農学部在学中に「畑は人と人とをつなぐ」と直感し、1999年「まきどき村」を設立。その後、出版社の地方書店営業などを経て、2011年新潟市に「ジブン発掘本屋ツルハシブックス」を開店、店内に設置した「地下古本コーナー HAKKUTSU」などで地域の大人と中高生との接点をつくる。2015年より茨城大学でコーディネーターとして勤務しながら東京・練馬で「暗やみ本屋ハックツ」を開始。2018年よりフリーとなり、参加型本屋「かえるライブラリー」をスタート。福岡県福津市津屋崎 「なまことかえるライブラリー」をはじめ、各地で本をツールとした場づくりやコミュニケーション・デザインを行っている。


第2回 向き合わないという向き合い方

「本の処方箋」というコンテンツがあります。
「かかりつけ医の名前(お気に入りの書店)」「今、悩んでいること」など、問診票を書いてもらい、話を聞きながら、思いついた本を3冊程度選び、気に入ったものがあれば購入してもらう、というものです。毎年7月に長野県大町市の木崎湖キャンプ場で行われている「アルプスブックキャンプ」での人気企画です。
この企画をはじめて、驚いたことがあります。みんな、本当の悩みを話すのです。
特に20代後半〜30代の女性の悩みは複雑です。 仕事のこと、彼氏のこと、結婚のこと、出産のこと、実家の両親のこと、地元に帰るかどうか・・・などなど、多岐にわたります。
そんな複雑なことを、よく初対面の本屋のおじさんに話せるものだなあと思いました。
本の処方箋
あるとき、新潟・ツルハシブックスで行っていた「本の処方箋」イベントで、たまたま来店したリクルートスーツの女性に声をかけました。
「いま、本の処方箋やっているので、もしよかったら」
就職活動中だという彼女は、問診票を書いて、就職活動の話などを話し始めました。
そんな内容を忘れてしまうほどの、衝撃の一言を彼女は口にするのです。
「私はおねえちゃんと違って、お母さんに愛されていないような気がするんです」
えっ。
それ、深刻なやつですね。
それを僕に言っても、ですね。
まさかアドラーの「嫌われる勇気」(岸見一郎 ダイヤモンド社)をおススメするわけにもいかないし。
とにかくその場は、本をおススメすることなく、彼女は帰っていきました。
すごい、と思いました。
「本の処方箋」というコミュニケーション・ツールがすごい、と。
初めて会った人にそんなにも心を開かせるなんて、すごいことだ、と思いました。
「西田さんはそうやって人と向き合っているんですね」と、「本の処方箋」を説明しているとき、友人に言われました。
ああ。それだ。
向き合ってないんだ。
僕は向き合ってないのだ、と思いました。
お客さんの隣に並んで、話を聞いている。いや、話を聞いているフリをして、半分は本棚を見ながら「いい本ないかなあ」と考えている。そして何より、本を紹介されるだけで、悩みなんて解決するはずがない。
その心の余裕が「本の処方箋」が心を開かせる理由なのではないでしょうか。
向き合うことが大切だと多くの人が言います
しかし、「真剣に話を聞くよ」と言われると、話せなくなる悩みがあると私は思います。
初対面の本屋のおじさんだからこそ、解決しないからこそ、話せる悩みがあります。
「悩みを誰かに話した」その瞬間は貴重です。誰かに話せるだけで少しだけ心が軽くなります。
「本の処方箋」はそんなコミュニケーション・デザインです。
第3回へ続く

本屋という「コミュニケーション・デザイン」 第1回

★プロフィール
ニシダタクジ(本名:西田卓司):余白おじさん/現代美術家(リレーショナル・アー ト)/NPO法人ツルハシブックス代表理事/暗やみ本屋ハックツ発起人/かえるライブラ リー発起人
1974年千葉県出身。新潟大学農学部在学中に「畑は人と人とをつなぐ」と直感し、1999年 「まきどき村」を設立。その後、出版社の地方書店営業などを経て、2011年新潟市に「ジ ブン発掘本屋ツルハシブックス」を開店、店内に設置した「地下古本コーナー HAKKUTSU」などで地域の大人と中高生との接点をつくる。2015年より茨城大学でコー ディネーターとして勤務しながら東京・練馬で「暗やみ本屋ハックツ」を開始。2018年よりフリーとなり、参加型本屋「かえるライブラリー」をスタート。福岡県福津市津屋崎 「なまことかえるライブラリー」をはじめ、各地で本をツールとした場づくりやコミュニ ケーション・デザインを行っている。
★プロフィール
~第1回~
こんにちは。ニシダタクジです。新潟市で「NPO法人ツルハシブックス」を運営していま す。JR内野駅前にあった実店舗「ジブンハックツ本屋 ツルハシブックス」は2016年11月 をもちまして閉店してしまったのですが、現在も各地で本のある空間のプロデュースや立ち上げサポート、イベント出店などを行っています。

今回は3回にわたって、本屋という「コミュニケーション・デザイン」について考えたいと思います。

1 コミュニケーションする本屋をつくる
2011年3月20日、JR越後線内野駅前に、小さな本屋さんが開店しました。「ジブンハックツ本屋 ツルハシブックス」。東日本大震災の直後、新潟市内も卒業式が自粛になるなど、ひっそりとしていました。 店主となった私は、出版社の営業の経験から、本屋の雰囲気はわかっていましたが、小売業の経験はありませんでした。本屋ですから、本を読みます。「小売業の基本」的な本 を手に取って読み始めました。
すると、ある一行が目に留まります。
「初来店時の滞在時間と再来店率は比例する」 つまり、1度目に入った時の購入の有無にかかわらず、そのお店で長く滞在すればするほ ど、お客さんは再来店する、ということです。
初来店のお客さんにどうやって長く居てもらうか。ブックカフェがよくやるように、ソファを設置したり、お客さんへの声掛けをして、話をしたりしていました。そこで見つけた方法が、「お菓子を食べてもらう」こと。
しかし、初めて来店したお店で、お菓子をおススメされるのって、少し怖くないですか?なんか、その後に20万円くらいする羽毛布団を買わされちゃうんじゃないか?って思いませんか?
そこで、考えました。ほとんどのお客さんにお菓子を食べてもらう声掛けがあるんです。
それは、
「差し入れでもらったんですけど、食べませんか?」
これです。このように声を掛ければ、「ああ、原価がゼロなんだな」と思って、(そこまでリアルに言語化していないでしょうが)食べてくれます。
そしてもうひとつ、お客さんの脳裏に、「ああ、この店はお客さんから差し入れが来るくらい好かれているお店なんだ」という第一印象を与えます。
これをマスターして以来、私は外出する度にお土産を買って来て、ツルハシブックスに置いておきました。そして店員になった私は、「(個人としての西田さんからの)差し入れでもらったんですけど」とお客さんにお菓子を差し出しました。
これが「コミュニケーション・デザイン」です。詐欺ではありません。差し入れでもらったのは事実ですから。
そうやって「コミュニケーションする本屋」ツルハシブックスができていきました。
ツルハシブックス2

ツルハシブックスの仕組みの中でもっとも有名なのは、
「地下古本コーナーHAKKUTSU」 です。
参考:地下から始まる物語(you tube)
地下から始まる物語
29歳以下限定の古本コーナーを地下につくりました。階段を下りて、暗い地下室の中で、 懐中電灯を頼りに、メッセージのついた古本を探す。その古本はすべて、地域の人から 「若い人に読んでもらいたい」と寄贈された本でした。
1日1冊のみ購入でき、10代が1冊200円、20代が300円、中学生高校生は1冊100円で買うこと ができました。これには中高生にもっと本を読んでもらいたいという思いを込めました。
ひとつ、工夫したことがあります。購入者は自らの名前と年齢、寄贈してくれた大人へのメッセージを書いてから購入する、というものです。また、購入者が許せば、本と一緒にその子の写真を撮り、「ハックツノート」に貼りました。これによって、寄贈した人も、自分の本が誰に届いたか?がわかるのです。
そして何より、購入時にレジに立っている私は、購入者の名前と年齢がわかるのです。それが中学生高校生であれば、「今日は部活休み?」とか「そろそろ受験生?」とか、話のきっかけをつくることができます。

もうひとつ。
ツルハシブックスの特徴としては、「店員サムライ」が挙げられます。「サムライ」の仕組みについては、黒沢映画「七人の侍」をモデルとして、お店に関してのいろいろな助っ人を「なんとかサムライ」としてお客さんから募ったのです。
まちの掃除をする「掃除侍」、改装作業の手伝いをする「工事侍」などがいました。サムライ制度の中でも「店員サムライ」は、ツルハシブックスの雰囲気をつくる上で、非常に重要でした。
2015年1月に私が茨城へ転居し、実質的には店員サムライへと運営主体を移してから、その真価が発揮されました。
レジ担当の店員サムライは基本的にはエプロンをしています。レジ担当でないサムライがお店に来たり、お客さんとしてお店にいることもあります。すると、お客さんとの会話で「サムライですか?」「サムライです。」みたいな会話が飛び交います。江戸時代では考えられなった光景です。(笑)
ツルハシブックス

こんなふうに、ツルハシブックスにおいては、たくさんのコミュニケーション・デザインの仕掛けがありました。
私の肩書きは「余白おじさん」なのですが、「余白」というのは、「境界をあいまいにする」ということです。店員サムライは、お客と店員の境界をあいまいにしました。

第2回へつづく

元キャリア官僚が自然から学んだ生きる指針 第3回

元キャリア官僚が自然から学んだ生きる指針 第3回

横山昌太郎(よこやま しょうたろう)
1971年広島県出身、三重県育ち。大学では森林保護学を学び、その後環境省(当時は環境庁)に入省、9年の勤務後辞職し、長野県軽井沢のピッキオ(星野リゾートグループのエコツアー団体に入社、森の生き物案内人となる。10年間のガイド経験後、新たな生活と働き方を目指し2016年4月香川県に移住。地域のガイド、畑仕事の手伝い、ガイド養成講師、エコツーリズムアドバイザーなど複業によって生活している。




 環境省をやめた時、自分は「落伍者」になったと思った。でもそれ以上に「人らしく」生きたかった。

 林業には「適地適木」という言葉がある。「それぞれの土地の特性に適した木を植える」といった意味である。役所で他の同僚は充実して働いているように見え、自分の根性の無さ、不甲斐なさを嘆く気持ちもあったが、「ホッキョクグマはジャングルでは暮らせないし、アジサイは砂漠では育たない。それぞれの生き方がある。役所は自分の適地ではない」と自分に言い聞かせた。

 ガイドとして、森を案内してみると色々なことが見えてきた。木だけでなく、様々な生き物がそれぞれの個性に応じた生き方をしていた。

 豊かな森は、単一の木や動物だけでは成り立っていない。多種多様な生き物、大きくなるブナ、日陰が好きな小さな花々、大きくて力強いクマ、土の中で腐葉土などを食べるミミズ…。みんなすべて違った生き方をしつつも、それぞれの間になんらかのつながりがあり、日光や大地から得たエネルギーや栄養を循環させて「豊かな森」が存在していた。そこに暮らす生き物たちに「正しい生き方」や「正解の生き方」はなかった。ただみんなが自然に生き、死んではまた循環の中に還っていた。

 そのことに気づいた時、さらに気持ちが楽になった。自分を無理に「あるべき姿」に合わせるよりも、「自然な姿」であることが多分一番幸せに近い姿であり、結果的に周りの人々や社会に対しても一番貢献できる生き方なのだと思った。タンポポは日なたで、ユキノシタは日陰で咲くのが一番美しく、そこに関わる生物と、愛でる人も幸せにしてくれるのだ。

 母が他界した歳になった2016年、私は思い切ってガイド会社をやめて仕事もないまま香川に移住した。「今死ぬとしたら・・・」と考えて自分がやってみたいことに挑戦しようと思ったからだった。今はまだ道半ばではあるが、幸いますます気楽かつ充実した生き方、働き方になっているように感じている。悩むことも少なくないが、そんな時は自然の中にでかけていく。すると自然が語りかけてくれるような気がするのだ。「あなたはあなたであればいい」と。

                                  完
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