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スタッフ対談 (前編)  健康寿命の分かれ道

ムックマムスタッフ対談(前編)
~健康寿命の分かれ道~

ムックマムのスタッフは、複数の人に同じメールを配送できるメーリングリスト機能を使っての制作会議を行っています。そのメールでのやりとりの中で、時々一つのテーマで盛り上がることがあります。
今回は、そんな中から「健康寿命についての話」が出てきましたので、スタッフ対談としてブログでご紹介いたします。
長寿はいいけどボケたり寝たきりにはなりたくない。でも既に親の世代は、とか、自分だってならないとも限らない、とか、話は尽きませんでした。

A子
健康長寿の分かれ道はなんだろう?って、40歳を過ぎてから考えるようになりました。 

O子
その気持ちよくわかりますね。
私は仕事で老人福祉にも関わっていますが、長寿の秘訣は、幸せなこと。経済的余裕、医療や食事、人間関係や余暇活動の充実していることは関係ありますね。
あんまりお金がなくても仕事にあくせくしていなくて、充実した人生を送っている人も長生きしてる。
くよくよしないのも大事ですよね。
些細なことでも幸せと思えて、感謝して生きることも大事。
まあ、長生きがすべてでなく、幸せだったと死ねる人生を送ることが大事ですけどね。

E子
私が義母と30年近く一緒に暮らしてきてわかるのは、老いきてからの姿って、それまでの信念とか生き様が滲み出るというか、その人となりの集大成なんだなということです。
うちには近所のお年寄り仲間が集ってお茶をしていくのですが、一番元気なのは、とても前向きな93歳のおばあさんです。今でも2キロ離れたスーパーに大人用三輪車に乗って出かけるんですが、自分より年下のおばあさん仲間に声をかけて注文を取ってまわり、みんなの分まで買い物してきてくれるんですよ。お礼を言うと「いや、自分の(健康の)ためだから」と。

うちの義母は人をアテにしてばかりで、メガネ(老眼鏡)をかければ自分で読める文字も、「めんどくさい」と人に読んでもらうような人でした。この性分は今も変わらず、日々何もしようとせず、毎日テレビの前にじっと座っているだけの人生です。楽しいか聞いたことがありますが、楽しくないって。温泉や買い物に連れて行っても、「誰かのお世話にならないと生きられないんだから当たり前」と思っているようす。
私は義母みたいには絶対にならないと決意させてもらって、そういう意味では私にとってとてもご縁のある人であることには間違いないですね。(笑)

O子
一人暮らしの高齢者は元気な人が多いですよね。それは、なんでも自分でしているからかもしれませんね。
でも、一人暮らしでもやっぱり認知症にはなります。
小さいことでも幸せに思って、楽しく、感謝して暮らすことは大事だけど、認知症には負けちゃうのかなといつも考えます。
私にとってはやっぱり認知症にならないことが人生のテーマだなあ。

S子 
私も認知症にならないことがテーマだな。よく笑う人、おしゃべりな人は認知症になりにくいと聞くので、私も最近それを意識するようになってきたよ。よく笑うこと、おしゃべりすることって私にすごく足りないことだと危機を感じていて・・・。
今までは何の気なく人と会話出来ていたんだけれど、その内容を振り返ってみると、噂話であったり、愚痴ではなかったかな?と思うようになって。そういうのってマイナスなことだから、やめようと思ったら、何を話したらよいのかわからなくなってしまって。

あと、そもそも人とあんまり話さないもんだから、大爆笑をすることもほとんどなく・・・で、仕方がないから、落語でも聞いてみるか~~という心境になっているかな。
会話については、意識しすぎて何話そう??となるので、ほんまに年老いたら、人工知能のロボットでも居間に置いて話し相手をしてもらうしかないか・・・と考えたりしている次第です。

前編はまず、この辺で。次回もお楽しみに


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世の中が変わる時

世の中が変わる時
                     ムックマム編集長 小林あゆみ

 ムックマムがブログ版になって今回で100号。冊子としてスタートしたのは19年前。10年ひと昔と言うけれど、世の中はふた未来入れ替わったと言えるわけですね。

 始めた頃はエコロジーという言葉さえ周知されていなくて、私たちみたいに環境だの自然だの言っている輩は、極端な悲観主義者か変わり者のように思われていたと思う。それがいつしか学校教育でも環境問題が取り上げられるようになり、漠然とながら誰もが「このままではヤバい」感を持つまでになった。
船


 そこへ来て3・11と原発事故。これを機に世の中大きく変わるのではと期待を持った人も少なくなかったと思う。今のままでは自然環境や人の命(健康や心)が犠牲にならざるを得ないから、どこかで大きく切り替えなきゃならなくて、そのためにはある程度の痛みも覚悟かなあと、心ある人たちは思っているはず。だけれど、案外、変わっていない。
kodomo


 ところが先日、経済が専門の先生のセミナーに出たら、もうそろそろ今の経済体制は崩壊しますよと話している。トランプ政権になったことで世界中のバランスが変わっていきますと。具体的で納得のいく説明だった。そして次の社会は今とまったく違った価値観で築きあげていくしかなく、それはロハスな社会ですと。驚いた。こんなところでロハスなんて言葉を聞こうとは。東大出の、世界のオモテもウラも知り尽くした経済の専門家が見つけた結論がそれ?
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 先生の説明では、これまでは「欲望と競争」の原理で動いていた。人よりいい成績をとり、人よりいいところに就職し、人よりいい生活をすることが人生の成功とか幸せと思われていたし、それを原動力に馬力の出る時代だったと。たしかに私も受験戦争の最も激しかった時期に中学~高校生活を過ごし、そういう認識が基調低音としてあったのを覚えている。その後もバブル真っ最中で、三高(学歴高、収入高、身長高)がもてはやされていた。

 でも今の若い人たちは違う。「シェアと感謝とリスペクト」で動いていますと。競争原理では動かない。オヤジ達には理解できない感性なので、今の若いもんは思うように頑張らない、何考えてるのだかわからない、となるようだ。
街並み


 これにはストンと落ちるものがあった。常々、第一線のオヤジ達を全員引退させて、若いもんにやらせてみれば、未熟ながらも今よりずっとマシな世の中になるんじゃないかと思っていたのだけど、今のこの崩壊に向かってブレーキのきかなくなった暴走車をストップさせる、あるいは方向転換させるには、これまでと同じ原理であれこれいじっても無駄で、相当な不思議ちゃんの感性が必要なのだろう。

オヤジ達が、そんなんじゃダメだ、無理だ、失敗するぞとイラつく横で、意味不明の魔法によって次の世代は世の中を変えていってくれるかもしれない。最近、そんなことを思い描いています。
夜明け

写真:小林みのり

ありのままコミュニケーション 第3回(最終回) 

ありのままコミュニケーション講師 井上裕香

人にとって、共感はそれなしには生きていけない酸素のようなものかも知れません。共感がない時、人は苦しくて、そこから逃れようとありのままの事実、感情やニーズを見つめる余裕を失い、暴力的な言葉や冷たい態度で接してしまいます。私は、共感と同意を別のものだと考えられれば、共感はもっと簡単になると思っています。

例えば、Aさんと二人でお花見に行ったとします。冷たい風が吹く日でした。あなたは寒さには強いので風は気にならず、美しい満開の桜に感動しています。一緒に行ったAさんは顔をしかめて「寒い~!」といいました。そこであなたはどう言い返しますか?
①共感するし同意する そうだよね、風が冷たいし、寒く感じるかもね。大丈夫?
②共感するが同意しない 風が冷たいから寒く感じるのかな?でも、桜が満開だよ、一緒に花を楽しもうよ。
③共感しないが同意する 桜が満開できれいだよ。せっかく来たんだから楽しもうよ。でも風は昨日より冷たいかもね。
④共感も同意もしない   これくらいで寒いとか言わない。ほら桜が満開できれいだよ。気にしないで花を楽しもうよ。
Aさんは、実は体調が悪かったけど無理して来ていたとして、①~④までを言われたとしたらどうでしょう。①なら安心して体調が悪いことを言えますね。②では体調の悪さを説明し、あなたの気持ちも分かってくれるかもしれません。でも③④では我慢して、早めに切り上げて帰ろう、という気になるかもしれません。③では一応寒いという言葉に同意はしてもらっているけれど、やはり冷たい感じをうけてしまいませんか?③④の返答は、Aさんの言葉が自分の気持ちを否定している、もしくは無視していると、無意識の中で評価/解釈していると考えることもできます。

①②ではまず相手の言葉をありのまま受け止め、その言葉がなぜでてきたのかを想像しています。ありのまま受け止め、そのありのままがどうしてそうなったかを想像することが、共感だと私は思っています。①の返答は相手と親密な関係でないと難しいでしょう。でも、②の返答は、まず自分に共感し、ありのままの感情とニーズ(例えば、喜びを共有することを大切にしたい)に気がつけば、多くの場合で可能だと思うのです。
よくコミュニケーションはキャッチボールといいますが、私たちは、キャッチボールをしているつもりで、いつの間にかドッジボールのようなやりとりをしていることがよくあるのではないでしょうか。そして無意識の判断での、すり替わった感情を相手にぶつけることは、ドッジボールになってしまうのです。
激しい感情が起こっている時にも、自分のありのままを受け止め、どうしてそうなったのか想像できれば、自分がやろうとしているゲームがドッジボールかキャッチボールかを判断することができます。もしそれがドッジボールなら、相手が場外に消えてしまったり、相手から激しい球が返ってくるのはむしろ自然なことでしょう。自分に対してもドッジボールのような球を投げて、凹んでなかなか立ち上がれなくなってしまうこともよくあることかもしれません。 

 コミュニケーションのキャッチボールも、実際のキャッチボールと同じく、練習しないと上達しません。受け取りやすい球や、ミットを用意する必要もあるかもしれません。時々変な方へ飛んで行く球や、変な方向から飛んでくる球を楽しみながらやりとりできるようになるために、自分の使っている道具の種類や、力の入れ方を分かるようにするのが、ありのままコミュニケーションの4ステップの使い方の一つです。

※ありのままコミュニケーションの連載はひとまず終了いたしますが、また不定期で連載を掲載する予定です。どうぞ楽しみに。


ありのままコミュニケーション 第2回(3回連載) 

ありのままコミュニケーション講師 井上裕香

今回はありのままコミュニケーションの4つのステップについて説明させていただきます。

①観察   ありのままの出来事に、無意識に自分なりの評価/解釈を重ねており、それについて腹がたったり、悲しんだりしていることがよくありませんか?例えば話しかけても返事がなかったという事実に対して「私を大切に思っておらず注意を払っていない」とか「私を見下しているから、それを思い知らせようとしている」というふうに。人は、常に言葉や態度に対してその原因を自動的に判断しており、注意しなくてはそれに気づけないという思考の特性があります。

②感情 ありのままの事実をみることができれば、ありのままの感情が、いつも自分が感じていると思い込んでいるものと違う時があると気づくかもしれません。返事をしてくれなかったことにムカッとした、と思っていたけど、実はもっと自分に注意をはらってほしくて悲しかったのかもしれない。相手に見下されたことが悔しいと思っていたけど、実は見下された自分に自信が持てなくて不安、だったのかもしれない。意外なほど、ありのままの感情が「すり替わった感情」として感じられていることがあるのと思うのです。

③ニーズ NVC(Non-Violent Communication=非暴力コミュニケーション)では人のすべての言動は、満たしたいニーズがあること、または満たされたニーズがあることを表現するために行われているとされています。そしてニーズはありのままの感情の源となっています。例で、注意を払ってもらいたい、悲しいと思うのは、「尊重」や「思いやり」というニーズを大切にしたいからかもしれません。自信が持てなくて不安なのは、「信頼」や「サポート」というニーズを大切にしたいからかもしれません。

④リクエスト
 言葉かけや行動の段階です。普段はここで、すり替わった感情にふりまわされていることがよくあるのではないでしょうか。ムカッとしていると感じている自分に「なんでムカッとしたんだろう。そのニーズは何か教えてくれる?」と聞けると、ありのままの事実とありのままの感情に気がつけるかもしれません。そうできれば、相手を一方的に非難することをしないですむでしょう。相手に、「返事をしてくれないと信頼されてないと感じて不安になるんだけど、あなたは今やっているゲームを楽しむことを大切にしたい?」と声をかけることができたら、返事をする、しないで対立するのではなく、あなたの感じていることについて、話し合う時間がもてるかもしれません。

簡単に4つのステップを説明しましたが、これを読んで「理想はわかるけど、腹が立ったり悲しいときに、そんな冷静なかかわり方ができるわけない」「自分はそんなできた人間じゃないから難しい」などと感じていませんか?私は、その大きな原因の一つが「共感」が足らないからだと思っています。次回はその共感について説明させていただきたいと思います。そして、「ニーズ」の小さなリストをあげておきます。ニーズはもっとたくさんのものがありますが、揺れ動く自分のこころが、ありのままの状態ではどんなことを大切にしたいと願っていて、どんな感情を味わっているのか、そして自分を揺れ動かす他人のこころの中にあるのがどんな感情で、どんなことを大切にしたいと思っているのか、それを考えることができれば、世界がちょっと違った見え方をするかもしれません。

◎ニーズのリスト
愛情・思いやり・気づかい・尊重・平等・サポート・遊び・喜び・貢献・成長・参加・学び・信頼・理解・安全・安心・誠実さ・嘆くこと・独立・選択・自由など

◎感情をぶつける前に、ニーズを言葉にする
「私が(怒り・悲しみ・喜びなど)を感じているのは、○○を大切にしたいから。」


オオウラのおすすめ本 3

活字中毒のオオウラです。
 あと数日で今年も終わりですねぇ。
 なんか年々年が過ぎるのが早くなってきている気がする~、と言っているそこのアナタ!
これから先、何年桜を見ることができるのか、あと何回自分の誕生日を迎えることができるのか、と考えると、何かせずにはいられない気分になってきませんか?まあ、そうは言っても何をどうしたらよいか悩んだり、いろいろ諦めたり。
 しかし、今回は、そんな気分をも蹴飛ばされる勢いのこの本をおススメいたします。

「自分の中に毒を持て あなたは“常識人間”を捨てられるか」 岡本太郎著(青春文庫)
~本の帯より~
いつも興奮と喜びに満ちた自分になる 当たり前の人間なんて屁の役にも立ちゃしない

この本、ずいぶん前に読んだ本なのですが、当時、あまりに面白すぎて周りの人に配りました(笑)。
 私は面白い本を見つけると、
・私が読む用
・貸し出し用
・プレゼント用
と、数冊買うことが多いです。
そしてこの本は私が読む用まで配っちゃって手元になくなってしまったので、電子書籍で再度購入しました(笑)。なので今度は貸せません。私の周りの皆様ごめんね!

もう、目次見ただけですごい。シビレル。

迷ったら危険な道に賭けるんだ
らくに生きる人間は何を考えているか
成功は失敗のもと ←失敗は成功のもと、じゃないですよ!
きれいになんて生きてはいけない

かなりアブナイにおいがするでしょ?(笑)
「自分らしくある必要はない。むしろ、“人間らしく”生きる道を考えてほしい。」
人間らしくって?昨今では「自分らしく=オンリーワン」がかなり定着してきた感があるけれど、太郎さんはもっと厳しいことを言っています。
「自分に忠実に生きたいなんて考えるのは、むしろいけない。そんな生き方は安易で、甘えがある。ほんとうに生きていくためには自分自身と闘わなければ駄目だ。」「自分に忠実と称して狭い枠のなかに自分を守って、カッコよく生きようとするのは自分自身に甘えているにすぎない。」と。
そして
「生きる―それは本来、無目的で、非合理だ。われわれはこの世になぜ生まれてきて、生きつづけるのか。それ自体を知らない。」「自分を認めさせようとか、この社会のなかで自分がどういう役割を果たせるんだろうとか、いろいろ状況を考えたり、成果を計算したり、そういうことで自分を貫こうとしても、無意味な袋小路に入ってしまう。今、この瞬間。まったく無目的で、無償で、生命力と情熱のありったけ、全存在で爆発する。それがすべてだ。」
と言っています。

私などは何か問題にぶち当たっても「この出来事には意味がある。自分にとって必要な出来事だ。」などと安易に意味づけをして問題の根本を棚上げし、ただその出来事を体験するだけにとどまりがちですが、太郎さんに言わせるとそれは逃げであり、自分自身と向き合っていない=自分自身と闘っていない、ということになるのではないかと思いました。改めて、自分自身と闘うことの難しさを考えさせられました。
この本には、これからの人生を自分はどういうふうに生きていったらよいのか、真剣に考えるためのヒントがたくさんちりばめられています。ぜひお読みいただき「人間らしく生きること」とはいったいどういうことなのか、皆様それぞれに答えを見つけていただければ幸いです。

  *   *   *

2016年ももうすぐ終わりを迎えようとしています。
本年もムックマムをご愛顧いただき誠にありがとうございました。
2016年は皆様にとりましてどんな年でしたでしょうか。
過去を振り返り、未来を思い描くこともとても大事ですが、今この瞬間が愛にあふれたものになることを願って、今年最後のムックマムをお届けしたいと思います。
2017年も皆様にとりまして味わい深い年になりますように。

文責:ムックマムスタッフ 大浦恵美子
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