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頑張らない生き方 第3回

「頑張らない生き方」③
 
榎田 博文
(えのきだ ひろふみ) 
 1973年 北海道函館生まれ 精神保健福祉士。
 自らが心の病に罹りカウンセリングによって「自分を認めること」 や「思い込みを変える」ことで救われた。
 以来「頑張らない生き方」や「人間関係を変える」ことをテーマに したセミナーや企業研修を各地で開催している。

前回、自身の思い込みにより「率先して苦労を選択」していたとお話しました。
しかしカウンセリングによって更に深い闇の部分が見つかったのです。微かに残る過去の記憶、そして意識していなかった事まで・・・。カウンセラーの誘導により、辛かったこと、悲しかったこと、その時々の年齢や状況に退行させてもらい、再び同じ気持ちや感情を味わいました。

 私の場合は、小学生の頃にいじめられた記憶。友達から馬鹿にされ、仲間外れにされた記憶。目を瞑り、その事を再体験した私はとても悲しくて・・・惨めで・・・横になったまま涙が止まりませんでした。
子ども時代の私は運動も勉強も得意ではなく、その劣等感から構ってもらいたい一心で誇大な嘘をいつもついていました。子どもの世界でいじめるに足る理由が私にはたくさんあったと思います。そして同級生から更に嫌われない為に別ないじめに加担もしていました。カミソリで自身の手首を切ったときの記憶・・・。 ずっと心の奥底に閉じ込めてきた悲しみや罪悪感などの想いが溢れ出してきました。
   
そしてその際、私の潜在的な想いが初めて口から発せられました。
   
「自分には自信がない。自分の価値を信じられない。だから人の2倍3倍頑張らないと認められない。頑張りを止めるのが恐い、止めると一人前として扱われなくなる。ずっと馬鹿にされてきた。いじめを受けた。すごく惨めだった。そんなのはもう嫌だ。もう惨めな思いはしたくない。だから馬鹿にされないために頑張らなきゃいけないんだ。」
  
私が必要以上に頑張ってしまう本当の理由がわかりました。それは「自身への無価値感」です。常に「頑張って」いないと周りから疎外されてしまいそうで恐くてたまらなかったのです。

「頑張り」にはポジティブな頑張りとネガティブな頑張りがあると思います。ポジティブな頑張りとは、自分を進歩させるために目標を持ち、それに向かって努力すること。ネガティブな頑張りとは、自分の中の不足を埋めようと必死になることです。私はネガティブな頑張りでした。しかし自分の無価値感を埋めるための頑張りには終わりが無く、いくら人に認められてその時は充足できても自分を認めない限り、すぐに枯渇してまた頑張り続けてしまうのです。
  
原因を自覚した私は生き方を変えました。まずは自分の気持ちを大事にすること。そして他人優先をやめ、いい人をやめることです。それは私にとって吐き気がするぐらい恐ろしい事でした。仕事を頼まれても心が苦しいなと感じたら「出来ません」と言う。困ったことがあって苦しくなったら素直に「助けて」と言う。全て今まで出来なかった事をしてみました。始めの内は「嫌われたらどうしよう」という恐怖感から呼吸困難になる程でしたが自分本位にした結果、不思議と周りに取り巻く人が逆に増えました。私のギブアップにたくさんの同僚や部下が助けてくれました。私の周りにこんなにも多くの素晴らしい仲間がいたのに、私は嫌われたくない一心から「いい人」の仮面を被り苦しい事も我慢し、認められたい一心から強気の鎧をまとって弱い自分を隠し、助けを拒み、人を寄せ付けないでいたのでした。

今 頑張っていて・・・でも心が苦しいあなた。我慢して自分の気持ちを後回しにしていませんか?
その我慢は周りが望んでいることですか?その我慢は本当に必要な事ですか?
「だって・・・」「~なんだからしょうがない」という気持ちが沸いて来たら一度その理由を疑って考えてみてください。その必要な我慢はあなたが創り出している「思い込み」や「執着」かも知れません。


長くなりましたが、頑張らない生き方とは、「自分を大事にする生き方」です。
苦しくなったら自分が今、どう感じているか?をそっと問いかけてあげてください。

「本当はどうしたいの?」

あなたの心の声に耳を傾けてみましょう。わかってあげられるのはあなただけです。

ここまでお読み頂きありがとうございました。
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頑張らない生き方(第2回)

「頑張らない生き方」②
 
  榎田 博文(えのきだ ひろふみ) 
1973年 北海道函館生まれ 精神保健福祉士。自らが心の病に罹りカウンセリングによって「自分を認めること」や「思い込みを変える」ことで救われた。以来「頑張らない生き方」や「人間関係を変える」ことをテーマにしたセミナーや企業研修を各地で開催している。


前回お話しした、自分自身を苦しめてしまう「思い込み」とは一体どんなモノなのでしょうか?
 これを知るきっかけとなったのが、カウンセリングです。カウンセリングの基本は「本人が答えを導き出す」 ことなのでカウンセラーは一切アドバイスをしてくれません。ただただ自分の想いや悩みを傾聴し、「その時どう思ったの?」「どうしてそう感じたの?」と訊いてきます。これがとても大事で、初めは考えるのが面倒であったり、心の表面部分しか感じていなかったり、大抵は「わかりません」と答えます。
 それでもカウンセラーは話に対して何度も質問を繰り返します。そして当事者はその度にひたすら自分の気持ちと向き合うのです。不思議なことに、それを頭で考えているうちは答えが出ず、でも何故だか涙が溢れ出し、時には嗚咽するほど泣いてしまったりします。その感情表出をカウンセラーが温かく受け入れてくれて初めて抑圧から解放され、頭ではなく心から言葉が発されるようになります。

このカウンセリングによって私を縛っていた思い込みが分かりました。
私が持っていた常識は「世の中に楽な仕事は存在しない」「お金は苦労して稼ぐものだ」「働かざるもの喰うべからず」というもの。子どもの頃から何度も言われ続けてきた価値感らしく、それを私は「苦労しなければお金をもらう価値はない」という意味に変換していました。これは表面上では全く意識しておらず、カウンセリングで「なぜ?」「どうして?」と訊かれ続けてようやく出てきた答えです。自分のことなのに、「こんな事を考えていたのか・・・」と驚きました。世の中のスピードが早くなったことで私達は、自分の気持ちを感じ取る余裕を無くしているのかも知れません。

 この「自分の気持ちを感じ取る」ということがこの先の「頑張らない生き方」の大きなヒントとなります。

 さて先ほどの私の価値感「苦労しなければお金をもらう価値はない」。この思い込みにより私は率先して「苦労を選択」していたことがわかりました。そして価値感はその人にとっての正義でもある為、人にもそれを押しつけようとします。当時 苦労至上主義だった私は、定時で帰る同僚や「出来ません」と、いとも簡単に仕事を断る部下に対していつも腹を立てていました。「何でこんなに楽をしている人間が給料をもらっているのか・・・」とイライラ。私はそんな人間には仕事を任せられず、「自分がやるしかない」と大量の仕事をいつでも抱え込んでいました。全てを職場の体質や周りの人間のせいにして・・・。

 しかしカウンセリングではそれさえも表面上の理由でした。更に深いところに苦労を選択する本当の理由が隠されていました。次回はそのことについてお話を致します。 



頑張らない生き方(第1回)

「頑張らない生き方」①

榎田 博文(えのきだ ひろふみ) 
1973年 北海道函館生まれ 食品メーカー等で18年間勤務した後、
就労継続支援施設や介護老人保健施設に勤務しながら対人援助・心理・
カウンセリングを学ぶ。自分も心の病に罹りカウンセリングによって
「自分を認めること」や「思い込みを変える」ことで救われたことを
きっかけとして「頑張らない生き方」や「人間関係を変える」ことを
テーマにしたセミナーや企業研修を各地で開催している。

26年前に高校を出て就職をしてから、いくつもの仕事を経験して来ました。
仕事は真面目で一生懸命。上司からの受けも良かったのですが、途中から仕事が精神的、肉体的に苦しくなって辞めてしまうというパターンの繰り返し。
「なんでこんな仕事ばかりなのだろう」とか「こんなに働かせるのは会社のやり方がおかしい」と不満はすべて職場のせい、その一方ですぐに潰れてしまう自分をいつも責め続けていました。
約10年前に心の病を患い、その後に妻の紹介で知り合ったカウンセラーから自分の心を見つめる術を教わり、その後、仕事や人間関係で何度も失敗しながらも長い時間をかけてようやく「頑張らない生き方」が実践できるようになりました。

「頑張らない生き方」とは何なのでしょうか? 寝不足でいつも目にクマを作り、フラフラしていた私に心配した妻が「そんなに頑張らないで」と声を掛けてくれましたが、正直、意味がわかりませんでした。 「頑張らない?」「力を抜く?」それは「サボるっていうこと?」「寝てろっていうこと?」とても極端な 考え方だと思われる方もいるかもしれませんが、私がお話を伺った仕事で苦しんでいる方々にも同じように 考えている方がおられました。私を含めそういう人間には「頑張らない」ということがとても難しいのです。

 人にはそれぞれ、幼い頃からその地域性や親、恩師などから教わってきた常識があります。 その常識がその人にとっての生き方や正義となるのですが、多様な価値観を受け入れられずに自身の持つ常識に執着してしまうとそれが「思い込み」となって自分自身を苦しめてしまうことがあります。
 その思い込みが「心の癖」となって同じ場面で同じ事を繰り返してしまうのです。私という人間を今まで形作ってきてくれた自分にとっての常識と思い込みを疑い、手放すことでようやく心が軽くなりました。この経験をお話することで、心が苦しくてどうしようもない方の気持ちを少しでも軽く、楽にすることが出来ればと現在、活動を行っています。
 
 次からは私が受けたカウンセリングや自身の思い込み、「頑張らない生き方」とは何かということについてお話したいと思います。
 

のりかうまれるなつ(父に捧ぐ)

山地 法香(やまじ のりか)
    1962年7月生まれ 55歳
明治大学短期大学部法律学科卒業 一男一女の母
趣味は登山と音楽 香川県高松市在住

庵治中学を皆勤で卒業後、私は高松第1高等学校に入学した。昭和53年のことである。
成田新国際空港が開港し、本四架橋くわ入、日中平和友好条約が正式に調印された1978年に高校生になった。
 希望に胸をふくらませ母の母校でもある一高に通うことになった。通学はバスと電車を乗り継いで約50分の道のりだった。電車に揺れながら、真由美ちゃんと前夜のザ・ベストテンに出演していた松田聖子の話で盛り上がった。フォークやロックを口ずさみ、エレクトーンを弾いた。
エレクトーンと言えば、小学校の時の尾島山上スカイレストランでの発表会では、母のお手製のパンツスーツを着て「おもちゃのチャチャチャ」を弾き、兄と父も見に来てくれたことを思い出す。
 高校は、自由な校風だった。それに加え、両親ものびのびと育ててくれた。学校に出す、家庭調査票の教育方針の欄に父が「自由主義・個性の尊重」と記入していたのを記憶している。
 高校時代はハンドボール部に所属し、汗を流した。兄の影響で旅行を始めたのも高校の時からである。周遊券で山口、東京、横浜を回り、ユースホステルにクラスメイトと宿泊し思い出を作った。
 短大は東京。山登りのサークルを選んだ。新人養生山行は、雲取山。班別山行は八ツ岳、夏合宿は南アルプス、尾瀬。新宿アルプス広場にキスリング(写真のような登山用のザック)を背負って集合した。今も山歩きが好きで、飯野山、香色山、剣山など友人と登る。サークルの同期・後輩とは現在もなお、家族ぐるみの交流が続いている。(風景写真は尾瀬に行った時の一枚)
キスリング
尾瀬3

「涼心炎空 のりかうまれるなつ」と、亡き父が作り、知人に送った和紙の暑中見舞いが手元に一枚ある。7月の終わりに産まれた、初めて女の子の父になった喜びが感じられる。

島津さんはがき (3)


幼い頃は、父が好きだったし、尊敬していた。大事にしてくれた。要所要所で道を作ってくれたり、アドバイスをくれたおかげで今の私がある。女は苦労したらいかん、パパみたいないい男と結婚するのが幸せだ、とユーモアたっぷりに話していた父。助けてもらった父、教えてくれた母、愛してくれた祖母、ひとつ上の兄に感謝しながら、今日から、ゆっくりと、丁寧に、少しずつ、着実に、歩んでいきたい。

私は、父からは堅物、先輩からは硬派と言われた。子宝にも恵まれた今は、夫と静かな生活を送っている。これまで大きな挫折や失敗もなく来られたのは、両親の愛があったから。周りの方々のお陰ではないか。父が亡くなった今、しみじみそう思う。

ミーン、ミーンとセミが鳴き始めた。夏が終わる。


子育ては子育ち ~母になってみて少しわかってきた事~第3回(最終回)

こんにちは\( ˆoˆ )/
家後香織(やごかおり)です!

3回目の連載になります!

今回は私達の今の生活のきっかけと言いますか、母親になってみて大きく変わった事などを書いていこうと思います。

2011年3月 東日本大震災がありました。その時 私達夫婦は、福島県いわき市に住んで居ました。そのお陰で悲しい思いも、良い経験もした様な気がします。

そこから 私達夫婦は 「何かがおかしいかも、」と思い始め この国の事、社会の事、原発の事、放射線の事、食生活の事、全て自分達で調べる様になりました。

自分達、そして未来の子ども達に何が一番大切なのか。

私達家族は 何が一番幸せなのか。息子に何を残してあげられるのか。

その答えはまだまだ自問自答していますが、これから起こる未来の事を大切な家族と共に考え話し、感じていこうと思っています。

息子が 「知りたい」「感じたい」ということに真摯に向き合えるように。

毎日毎日 息子から教えてもらう事が沢山ありすぎて 本当に感謝しかないので
私も教えて貰った事に応えられる様なお母さんになりたい。

私達にしか築けない 見えない「何か」を築いていけたら 最高にハッピーだと思っています。

わたしと毎日一緒に居てくれる家族に愛を込めて!!
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