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継続は心の筋トレ (2)

継続は心の筋トレ (2)


  菰淵佳緒里(こもぶち かおり)

      8歳の長女と4歳の長男を育てる主婦。香川県在住。結婚10年目。
      好奇心にまかせて身体や心を整える知識を探すハンター。
      200回以上のコーチングやセラピーを受けたことをきっかけに
      「自分らしく生きることが誰かのためになる」という信念のもと
      Twitterなどで情報発信し、オンラインの勉強会も開いています。
      大好きな家族、仲間とともに充実した時間を共有するのがしあわせです。


私は長年、疑問に思っていたのです。
「やればいい」とわかっているのにどうしてサボってしまうのだろう?

必要に迫られると、やる気になるのに普段は面倒なことを避けようとしてしまう。
このままだと、いつまで経っても「困った状態」を抜け出せない…

そんな時、あるきっかけで
京都にいる師匠から『疲労撲滅ドリンク』のレシピを手に入れました。

そうだ私、疲れてるんだ…
だから思い通りに体が動くようになれば、良い習慣を維持して、生まれ変われるはず!

…あぁ、またこのパターン。

生まれ変わりを夢見て挫折して、落ち込んで今度こそはと立ち上がって
ヒーロー気分を味わうこのパターン。
でも、一度脳が走り出したら止まらないのです。
その日のうちにヤフオクでゴーヤを探し出し、2kgの箱入りを即決。

ワクワクしちゃうんです。こういうの。
良いと思ったこと、成長につながることならなんでも試してみたくなるのです。

食器棚にずらりとサプリやハーブを並べて
使い切れずに期限が切れてしまったこともあります。
飽きずに実験を繰り返していてトホホな経験もたくさんあります。

でも、今回はきっと大丈夫!

ゴーヤ以外は
もともと家で持て余していた健康食品とスーパーで調達できるものだったので
取り組まない理由がありません。

GO!GO!ゴーヤ!

そして、届いた箱を開けると…巨大なゴーヤが、7本。
「こんなにたくさん、どうしよう…」

早速レシピ通りにジュースを作ってみました。
切ったゴーヤと青汁パウダー、春ウコン、
りんご、バナナ、豆乳を入れてミキサーにかけました。

出来上がったジュースを一口飲むと…
おぉ!目の覚める強烈な苦さ。一瞬、心が折れました。

けれど、だんだん、体がシャキッとしてきて、脳がクリアになる感覚。
「これは、続けてみるしかない」覚悟を決めました。

まず、ゴーヤの保存。

全部のゴーヤを縦半分に割り、種とワタを取り出して、
ラップをぴっちり包んでチャック袋に入れました。

これで2週間くらいは大丈夫。

そして、バナナを買い足し。りんごは野菜室に8個もあるから大丈夫。
切った具材を入れるのは、息子の役目。

ジュースを飲みたがっていたのでバナナの分量を多くして、飲ませてみると
「おいしい!」

…少しびっくり。一緒にジュースを飲む仲間が増えました。

ゴーヤが傷んでしまう前に全部飲みきる、と決めて
あとはひたすら毎朝ゴーヤジュースを作りました。

だんだんアレンジが増えておいしい飲み物になってきて、
3週間でゴーヤを腐らせることなく使いきりました。

自分で決めたことが続けられた。これは大きな自信になりました。

大量のゴーヤが届いたことが良い意味でプレッシャーになり、
続けることの後押しをしてくれました。

次回は、地味に毎日続けている習慣その③についてお話しします。


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頑張らない生き方 第3回

「頑張らない生き方」③
 
榎田 博文
(えのきだ ひろふみ) 
 1973年 北海道函館生まれ 精神保健福祉士。
 自らが心の病に罹りカウンセリングによって「自分を認めること」 や「思い込みを変える」ことで救われた。
 以来「頑張らない生き方」や「人間関係を変える」ことをテーマに したセミナーや企業研修を各地で開催している。

前回、自身の思い込みにより「率先して苦労を選択」していたとお話しました。
しかしカウンセリングによって更に深い闇の部分が見つかったのです。微かに残る過去の記憶、そして意識していなかった事まで・・・。カウンセラーの誘導により、辛かったこと、悲しかったこと、その時々の年齢や状況に退行させてもらい、再び同じ気持ちや感情を味わいました。

 私の場合は、小学生の頃にいじめられた記憶。友達から馬鹿にされ、仲間外れにされた記憶。目を瞑り、その事を再体験した私はとても悲しくて・・・惨めで・・・横になったまま涙が止まりませんでした。
子ども時代の私は運動も勉強も得意ではなく、その劣等感から構ってもらいたい一心で誇大な嘘をいつもついていました。子どもの世界でいじめるに足る理由が私にはたくさんあったと思います。そして同級生から更に嫌われない為に別ないじめに加担もしていました。カミソリで自身の手首を切ったときの記憶・・・。 ずっと心の奥底に閉じ込めてきた悲しみや罪悪感などの想いが溢れ出してきました。
   
そしてその際、私の潜在的な想いが初めて口から発せられました。
   
「自分には自信がない。自分の価値を信じられない。だから人の2倍3倍頑張らないと認められない。頑張りを止めるのが恐い、止めると一人前として扱われなくなる。ずっと馬鹿にされてきた。いじめを受けた。すごく惨めだった。そんなのはもう嫌だ。もう惨めな思いはしたくない。だから馬鹿にされないために頑張らなきゃいけないんだ。」
  
私が必要以上に頑張ってしまう本当の理由がわかりました。それは「自身への無価値感」です。常に「頑張って」いないと周りから疎外されてしまいそうで恐くてたまらなかったのです。

「頑張り」にはポジティブな頑張りとネガティブな頑張りがあると思います。ポジティブな頑張りとは、自分を進歩させるために目標を持ち、それに向かって努力すること。ネガティブな頑張りとは、自分の中の不足を埋めようと必死になることです。私はネガティブな頑張りでした。しかし自分の無価値感を埋めるための頑張りには終わりが無く、いくら人に認められてその時は充足できても自分を認めない限り、すぐに枯渇してまた頑張り続けてしまうのです。
  
原因を自覚した私は生き方を変えました。まずは自分の気持ちを大事にすること。そして他人優先をやめ、いい人をやめることです。それは私にとって吐き気がするぐらい恐ろしい事でした。仕事を頼まれても心が苦しいなと感じたら「出来ません」と言う。困ったことがあって苦しくなったら素直に「助けて」と言う。全て今まで出来なかった事をしてみました。始めの内は「嫌われたらどうしよう」という恐怖感から呼吸困難になる程でしたが自分本位にした結果、不思議と周りに取り巻く人が逆に増えました。私のギブアップにたくさんの同僚や部下が助けてくれました。私の周りにこんなにも多くの素晴らしい仲間がいたのに、私は嫌われたくない一心から「いい人」の仮面を被り苦しい事も我慢し、認められたい一心から強気の鎧をまとって弱い自分を隠し、助けを拒み、人を寄せ付けないでいたのでした。

今 頑張っていて・・・でも心が苦しいあなた。我慢して自分の気持ちを後回しにしていませんか?
その我慢は周りが望んでいることですか?その我慢は本当に必要な事ですか?
「だって・・・」「~なんだからしょうがない」という気持ちが沸いて来たら一度その理由を疑って考えてみてください。その必要な我慢はあなたが創り出している「思い込み」や「執着」かも知れません。


長くなりましたが、頑張らない生き方とは、「自分を大事にする生き方」です。
苦しくなったら自分が今、どう感じているか?をそっと問いかけてあげてください。

「本当はどうしたいの?」

あなたの心の声に耳を傾けてみましょう。わかってあげられるのはあなただけです。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

頑張らない生き方(第1回)

「頑張らない生き方」①

榎田 博文(えのきだ ひろふみ) 
1973年 北海道函館生まれ 食品メーカー等で18年間勤務した後、
就労継続支援施設や介護老人保健施設に勤務しながら対人援助・心理・
カウンセリングを学ぶ。自分も心の病に罹りカウンセリングによって
「自分を認めること」や「思い込みを変える」ことで救われたことを
きっかけとして「頑張らない生き方」や「人間関係を変える」ことを
テーマにしたセミナーや企業研修を各地で開催している。

26年前に高校を出て就職をしてから、いくつもの仕事を経験して来ました。
仕事は真面目で一生懸命。上司からの受けも良かったのですが、途中から仕事が精神的、肉体的に苦しくなって辞めてしまうというパターンの繰り返し。
「なんでこんな仕事ばかりなのだろう」とか「こんなに働かせるのは会社のやり方がおかしい」と不満はすべて職場のせい、その一方ですぐに潰れてしまう自分をいつも責め続けていました。
約10年前に心の病を患い、その後に妻の紹介で知り合ったカウンセラーから自分の心を見つめる術を教わり、その後、仕事や人間関係で何度も失敗しながらも長い時間をかけてようやく「頑張らない生き方」が実践できるようになりました。

「頑張らない生き方」とは何なのでしょうか? 寝不足でいつも目にクマを作り、フラフラしていた私に心配した妻が「そんなに頑張らないで」と声を掛けてくれましたが、正直、意味がわかりませんでした。 「頑張らない?」「力を抜く?」それは「サボるっていうこと?」「寝てろっていうこと?」とても極端な 考え方だと思われる方もいるかもしれませんが、私がお話を伺った仕事で苦しんでいる方々にも同じように 考えている方がおられました。私を含めそういう人間には「頑張らない」ということがとても難しいのです。

 人にはそれぞれ、幼い頃からその地域性や親、恩師などから教わってきた常識があります。 その常識がその人にとっての生き方や正義となるのですが、多様な価値観を受け入れられずに自身の持つ常識に執着してしまうとそれが「思い込み」となって自分自身を苦しめてしまうことがあります。
 その思い込みが「心の癖」となって同じ場面で同じ事を繰り返してしまうのです。私という人間を今まで形作ってきてくれた自分にとっての常識と思い込みを疑い、手放すことでようやく心が軽くなりました。この経験をお話することで、心が苦しくてどうしようもない方の気持ちを少しでも軽く、楽にすることが出来ればと現在、活動を行っています。
 
 次からは私が受けたカウンセリングや自身の思い込み、「頑張らない生き方」とは何かということについてお話したいと思います。
 

スタッフ対談 (前編)  健康寿命の分かれ道

ムックマムスタッフ対談(前編)
~健康寿命の分かれ道~

ムックマムのスタッフは、複数の人に同じメールを配送できるメーリングリスト機能を使っての制作会議を行っています。そのメールでのやりとりの中で、時々一つのテーマで盛り上がることがあります。
今回は、そんな中から「健康寿命についての話」が出てきましたので、スタッフ対談としてブログでご紹介いたします。
長寿はいいけどボケたり寝たきりにはなりたくない。でも既に親の世代は、とか、自分だってならないとも限らない、とか、話は尽きませんでした。

A子
健康長寿の分かれ道はなんだろう?って、40歳を過ぎてから考えるようになりました。 

O子
その気持ちよくわかりますね。
私は仕事で老人福祉にも関わっていますが、長寿の秘訣は、幸せなこと。経済的余裕、医療や食事、人間関係や余暇活動の充実していることは関係ありますね。
あんまりお金がなくても仕事にあくせくしていなくて、充実した人生を送っている人も長生きしてる。
くよくよしないのも大事ですよね。
些細なことでも幸せと思えて、感謝して生きることも大事。
まあ、長生きがすべてでなく、幸せだったと死ねる人生を送ることが大事ですけどね。

E子
私が義母と30年近く一緒に暮らしてきてわかるのは、老いきてからの姿って、それまでの信念とか生き様が滲み出るというか、その人となりの集大成なんだなということです。
うちには近所のお年寄り仲間が集ってお茶をしていくのですが、一番元気なのは、とても前向きな93歳のおばあさんです。今でも2キロ離れたスーパーに大人用三輪車に乗って出かけるんですが、自分より年下のおばあさん仲間に声をかけて注文を取ってまわり、みんなの分まで買い物してきてくれるんですよ。お礼を言うと「いや、自分の(健康の)ためだから」と。

うちの義母は人をアテにしてばかりで、メガネ(老眼鏡)をかければ自分で読める文字も、「めんどくさい」と人に読んでもらうような人でした。この性分は今も変わらず、日々何もしようとせず、毎日テレビの前にじっと座っているだけの人生です。楽しいか聞いたことがありますが、楽しくないって。温泉や買い物に連れて行っても、「誰かのお世話にならないと生きられないんだから当たり前」と思っているようす。
私は義母みたいには絶対にならないと決意させてもらって、そういう意味では私にとってとてもご縁のある人であることには間違いないですね。(笑)

O子
一人暮らしの高齢者は元気な人が多いですよね。それは、なんでも自分でしているからかもしれませんね。
でも、一人暮らしでもやっぱり認知症にはなります。
小さいことでも幸せに思って、楽しく、感謝して暮らすことは大事だけど、認知症には負けちゃうのかなといつも考えます。
私にとってはやっぱり認知症にならないことが人生のテーマだなあ。

S子 
私も認知症にならないことがテーマだな。よく笑う人、おしゃべりな人は認知症になりにくいと聞くので、私も最近それを意識するようになってきたよ。よく笑うこと、おしゃべりすることって私にすごく足りないことだと危機を感じていて・・・。
今までは何の気なく人と会話出来ていたんだけれど、その内容を振り返ってみると、噂話であったり、愚痴ではなかったかな?と思うようになって。そういうのってマイナスなことだから、やめようと思ったら、何を話したらよいのかわからなくなってしまって。

あと、そもそも人とあんまり話さないもんだから、大爆笑をすることもほとんどなく・・・で、仕方がないから、落語でも聞いてみるか~~という心境になっているかな。
会話については、意識しすぎて何話そう??となるので、ほんまに年老いたら、人工知能のロボットでも居間に置いて話し相手をしてもらうしかないか・・・と考えたりしている次第です。

前編はまず、この辺で。次回もお楽しみに


ありのままコミュニケーション 第3回(最終回) 

ありのままコミュニケーション講師 井上裕香

人にとって、共感はそれなしには生きていけない酸素のようなものかも知れません。共感がない時、人は苦しくて、そこから逃れようとありのままの事実、感情やニーズを見つめる余裕を失い、暴力的な言葉や冷たい態度で接してしまいます。私は、共感と同意を別のものだと考えられれば、共感はもっと簡単になると思っています。

例えば、Aさんと二人でお花見に行ったとします。冷たい風が吹く日でした。あなたは寒さには強いので風は気にならず、美しい満開の桜に感動しています。一緒に行ったAさんは顔をしかめて「寒い~!」といいました。そこであなたはどう言い返しますか?
①共感するし同意する そうだよね、風が冷たいし、寒く感じるかもね。大丈夫?
②共感するが同意しない 風が冷たいから寒く感じるのかな?でも、桜が満開だよ、一緒に花を楽しもうよ。
③共感しないが同意する 桜が満開できれいだよ。せっかく来たんだから楽しもうよ。でも風は昨日より冷たいかもね。
④共感も同意もしない   これくらいで寒いとか言わない。ほら桜が満開できれいだよ。気にしないで花を楽しもうよ。
Aさんは、実は体調が悪かったけど無理して来ていたとして、①~④までを言われたとしたらどうでしょう。①なら安心して体調が悪いことを言えますね。②では体調の悪さを説明し、あなたの気持ちも分かってくれるかもしれません。でも③④では我慢して、早めに切り上げて帰ろう、という気になるかもしれません。③では一応寒いという言葉に同意はしてもらっているけれど、やはり冷たい感じをうけてしまいませんか?③④の返答は、Aさんの言葉が自分の気持ちを否定している、もしくは無視していると、無意識の中で評価/解釈していると考えることもできます。

①②ではまず相手の言葉をありのまま受け止め、その言葉がなぜでてきたのかを想像しています。ありのまま受け止め、そのありのままがどうしてそうなったかを想像することが、共感だと私は思っています。①の返答は相手と親密な関係でないと難しいでしょう。でも、②の返答は、まず自分に共感し、ありのままの感情とニーズ(例えば、喜びを共有することを大切にしたい)に気がつけば、多くの場合で可能だと思うのです。
よくコミュニケーションはキャッチボールといいますが、私たちは、キャッチボールをしているつもりで、いつの間にかドッジボールのようなやりとりをしていることがよくあるのではないでしょうか。そして無意識の判断での、すり替わった感情を相手にぶつけることは、ドッジボールになってしまうのです。
激しい感情が起こっている時にも、自分のありのままを受け止め、どうしてそうなったのか想像できれば、自分がやろうとしているゲームがドッジボールかキャッチボールかを判断することができます。もしそれがドッジボールなら、相手が場外に消えてしまったり、相手から激しい球が返ってくるのはむしろ自然なことでしょう。自分に対してもドッジボールのような球を投げて、凹んでなかなか立ち上がれなくなってしまうこともよくあることかもしれません。 

 コミュニケーションのキャッチボールも、実際のキャッチボールと同じく、練習しないと上達しません。受け取りやすい球や、ミットを用意する必要もあるかもしれません。時々変な方へ飛んで行く球や、変な方向から飛んでくる球を楽しみながらやりとりできるようになるために、自分の使っている道具の種類や、力の入れ方を分かるようにするのが、ありのままコミュニケーションの4ステップの使い方の一つです。

※ありのままコミュニケーションの連載はひとまず終了いたしますが、また不定期で連載を掲載する予定です。どうぞ楽しみに。


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