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趣味は滝、学ぶべきは自然です①

1 趣味は滝、学ぶべきは自然です

  ◎佐々木 康行
   新潟県在住。出来る限りお薬に頼りたくない薬剤師。
   家族は、母と妻と長男、次男の五人。
   周りの方が笑顔になるのを見るのが大好きです。


 新潟在住の五十七歳の佐々木と申します。

 私は自然に触れる事が大好きなので独身時代から、ダイビングやスキーとアウトドアの趣味を楽しんできました。そして東京で生活していた時に、同じ様にダイビングやスキーを楽しみ出身も新潟で仕事も医療系と、私と数多くの共通点を持った女性と出会い意気投合しました。都会の生活をリセットして、新潟で結婚生活をスタートさせました。

 当時の私はそれなりに結婚に対して夢や希望を持っていましたから、同じ物を見て、同じ体験をして、2人はいつもラブラブ…。そんな妄想がふくらんでいました。

 ところが、私にとってのダイビングは、海に入って水中散歩してぷかぷかしているだけでも十分に満足出来るので、新潟の海でも極寒の時と高波の時以外ならOKなのですが、妻の場合は、カラフルなお魚達に会うのが好きで、冷たい海は嫌いで、海から上がった時には最低でも水のシャワーが欲しいという感じです。言葉で言ってしまえば趣味はダイビングなのですが、それに対するお互いの方向性が全く違うのです。スキーに対しても同様で、自宅から一時間も走ればいくつかのスキー場が有ります。田舎のスキー場ですが、私には十分楽しめますが、妻はオシャレで設備の整っている所を望みます。

 そんな二人は、基本的な方向性や価値観が合わず、興味を示すポイントも別々ですから、自然な流れの中で、妻は私のやっている事には興味が無く、私は私で、妻は妻で遊ぶ様になって行きました。それでもこの妻からのほって置かれ加減が、私にはとても心地好く、気がつけば、私のやりたい事を好きなだけやらせていただけるそんな有り難い環境になっていました。

 今となっては、これはこれで夫婦としての調和がそれなりに保たれている状態なのですが、いきなり現在の様な調和が出来た訳では無く、結婚生活をスタートさせた二十八年前は、お互いの価値観の違いから様々な葛藤が有りました。離婚して欲しいと涙ながらに言われた事も有りました。それでもお互いが少しずつ時間をかけて変化成長しながら、共に過ごした時間の長さのお陰で、相手の事が理解出来ないなりにも、それぞれの領域を侵さない絶妙な間合いが時間の流れと共に作られてきたのは有り難い限りです。

 そんな妻を、今生の私にとって最高のパートナーだと気づき、現在では、心の底から感謝しています。

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自然派へのきっかけ ~ママになる~ (後編)

自然派へのきっかけ ~ママになる~ (後編)
                               未就学児のママ  ひめこ

前編では、ひめこさんが自然派生活を送るようになったきっかけについてお書きいただきました。
さて、後編では・・・



そんな私がママになりました。
妊娠中から定期的に先生のもとへかよい、お腹の子のために、ホメオパシーをメンテナンス的に使いました。
逆子も治りました。

出産後は以前にもましてストイックな生活になりました。
何が人間の体に悪影響なのか? 身を持って理解しているわたしは、こどもを守るために戦いました。
何と戦ったかと言うと・・・合成洗剤・合成香料、そしてテレビも大好きな義両親と!

そして・・・現在シングルマザーです。 (笑)
きっと、そこまでしなくても・・・と言うご意見多数と思うのですが、無理でした。
詳細は書けませんが。

いまは一軒家でこどもと2人暮らしです。
合成香料は一切ない(香りのものは天然虫よけハーブのスプレーとか)、食事もほぼ自然栽培、もしくは無農薬無肥料(農家さんの努力で減農薬、というのもあります)。放射能対策として産地にもすごく気を使っています。
砂糖もありません。スーパーで売っているようなスナック菓子やアイスクリームなどもありません。
電子レンジももちろんありません。
お風呂場もトイレもキッチンも合成の香りはしません。
こどもが何を触っても心配は一切ありません。
テレビもありません。ラジオも必要な時しかつけません。
その代わりに日々YouTube! なんてこともありません。

ちなみに、こどもは生きた会話で、お母さんの話しかける言葉で、
言葉を獲得していくべきだそうです。
テレビなどの一方通行のメディアで獲得した言語は脳の中の違う回路で獲得することになり、
それはコミュニケーションでは使えないものらしいです。
(小さい頃にテレビばかり見せられ、そこで言葉を獲得すると、コミュニケーションが上手にできない人になる、らしいです)
これは保育関係者から聞きました。

ある程度成長するまでは、基本的には電子音は日常生活の中にありません。保育園でもです。
(時々遊びに行った先にあるテレビは許容範囲、ということにしています)

いまこどもはまだ未就学児ですが、
まわりの子と比べてお話が上手。すごくよくいろんなことを理解している。
キー!!!とほぼならない。(砂糖をほとんどとっていないですからね。“ほとんど”というのは保育園で使うからです)
CDなど聞かせているわけではないですが、オリジナルソングを歌いながら踊る、
とっても明るく頭のいい子です。
このまま育てていきたい。

今の課題は、小学生になったとき、給食をどうしたらいいのかしら、ということでしょうか。
その時までに世の中で何か大きな改革があって「給食は本当の意味で安全なものになりました!」とならないかしら、と期待。というか、変えたい。
洗濯洗剤などで“香を楽しむ”ということで香料が浸透しているのにも困っていて、変えていきたいですね!
 
そしてよく言われる言葉が、「(日常生活のいろんなことがまんしてるんでしょうから)無理しすぎてつらくならないように」「あなたがそんなにガッチガチにやっていると、お付き合いも今後大変になるわよ」。
正直・・・一生懸命丁寧な言い方を考えて言いますと・・・私には関係ないです。
わたしは決して無理をしているわけではありません。
添加物を摂ったりジャンクな物を食べたりすると気持ち悪くなるから、避けているんです。合成の香料も吐き気がして具合が悪くなるから嗅ぎたくないんです。
わたしはそんな「普通の」世の中が嫌いですから。
むしろ、なんとか「わたしのような人たち」の市民権をえたい。そんな世の中になってほしい。
人それぞれですが、どこまで許せるか、どこまでやるか。
私は私の尺度で、です。

そして・・・
そんな私がいま一番感心があるのは、政治です!!
自分が今生きている、すぐ目の前のこと、身の回りのことには、政治でよくしていけることがとっても多いと思います。わたしたちにはそういう力があることを。変えていく努力を忘れてはいけないと思うのです。
自分のために、こどものために。大切な人たちのために。本当の人間らしい日々が普通に送れる幸せのために。

またこちらでブログを書かせて頂ける機会がありましたら、そのうちお話させてください。
お読みいただき、ありがとうございました。

自然派へのきっかけ (前編)

自然派へのきっかけ (前編)


                                                   未就学児のママ  ひめこ


初めまして。  
私がどうして自然派なものに関心が向いたのかのきっかけなどを書いて、とご依頼をいただきましたので、
ブログもなにもやっていない文章下手な私ですが、良い機会なのかな?と思い、やらせていただくことにいたしました。
よろしくお願いいたします。

20代前半の私は・・・
ジャンクフードやコンビニのものも気にせず食べる。
好きな化粧品メーカーは(当時色々使って私的にメイクが長持ちしたので)海外有名ブランド。
テレビCMで新しいシャンプーなどが出れば試してみたくなりすぐ購入。
洗濯の洗剤もいわゆる“オシャレ着洗い用”など、CMで流れている通りのものを使う。
そんな毎日が普通でした。

そんなある日。
とうとう、まぶたにアトピーが出てしまいました。
象さんのような皮膚。化粧をしたって隠せません。
元々こどもの頃は手や腕にアトピーが出ていましたが、大人になってから発症したのはこれが初めて。
20年ぶりくらいのアトピーです。しかも顔!

母の勧めで、女医さんのいる、普通の皮膚科へ行きました。
そこで先生が当時のわたしには信じられないようなアドバイスをくださいました。

「まず、シャンプーを変えることですね」

はい? なぜに?
シャンプーのなにが悪いんですか?
ごく一般的な市販のシャンプーですけど・・・?

「あのね、普通に売っているシャンプーって、大抵よくないものが入っているのよ。
 このシャンプーにとりあえず変えてみてください」

この日を境に、世の中を見る目がガラリと変わりました。
「普通に買い物できるもので、からだに悪いものがあるの? なんでそんなものを企業は売れるの?」

それからは、ネットと本を主に情報収集の毎日でした。
世の中の市販のものの、悪い成分ってなんだ?
じゃあいい商品はあるのか?
人にも地球にも負担の少ないものってなんだろう?

調べれば調べる程、様々な情報がどんどん出てきます。
今までは何だったんだ・・・と。
コマーシャルではいいことばかり言って買わせて、本当は人間にも地球にも悪いって。
ウソが嫌い。
いい顔して実はそうじゃない、というのが一番嫌い。

ベジタリアンにもなりました。
スピリチュアルな話題にも関心を持ちました。

そんな時、日月神示の本と出会いました。
本なんて普段は読まないのに、でもこの本は出会ってしまった。これは読まねばならないと。
意味のわからないところも多いけど、読みました。

人との出会いは必要な時に必要なタイミングで、なんていう話もありますが、本ともそうだなと思います。
目の前に来たもの、情報、依頼など、大事にするべき。拒否しない。というスタンスができてきました。

ネット上には更に色々なことを教えてくれる人もいます。
たとえば世の中の裏側の話。
都市伝説でしかないと思っていたような話も現実なんだよ、と。
わたしたち“一般市民”って、なんなの? そんなこと知らずに一生懸命生きているわたしたちって、と思いました。
完全に世の中が嫌いになりました。絶望でした。
世の中をひっくり返す力なんてない。
どうしたらいいんだろう。これからどうやって生きて行けばいいんだろう。
悩みました。
けれど、自分は「●●よりはマシ」の精神で日々を暮していく。
自分がやり続けることで、すこしでも周りにいい影響があれば、という想いだけ。それだけが支えでした。

人様に顔を見せなければならない仕事なもので、顔のアトピーも非常に悩みました。
ステロイドも使いました。
それでも解決にはなりませんでした。
どれくらい悩まされたでしょうか。

普段の食事も完全に変わりました。余計なもの・不自然なものは体に入れない。
使用する日用品も。
それでも100%完璧、は無理。
「●●よりはマシ」の精神で、できる範囲で。でも割とストイックな方だと思うのです。

実践してみて、
精神的にもラクになりました。
生理痛も軽くなりました。
自律神経失調症だろう、というのも治まります。
頭痛なんていうのもほとんどない。
アトピーは良い先生を紹介して頂いて、ホメオパシーなどで治りました♪

皮膚がこれまで体内に入った悪いものや不要なものを排出してくれたから、私は自分でも気が付くことができました。
アトピーが出て悩みましたが、結果、大きな病気になる事なく、
今の健康的な生活を手に入れることができたと思っています。

“絶望”のお陰でそれまでの常識や暮らしや考え方を手放すことができ、
その後手探りで“本物”を手に入れることができました。
これが、私の柱となっていると思います。かなり強固な柱、です。


   次回後編に続く。次回は子育てのことなどです。

北海道胆振東部地震を体験して(後編)

北海道胆振東部地震を体験して(後編)
               
                   北海道のある地方自治体職員

9月6日3時8分震源地では震度7を記録した胆振東部地震だが、
幸いにも9月7日22時過ぎには、我が町ではほぼ全世帯で電気が復旧した。避難所は翌8日に閉鎖され、私たち職員も非常体制から解除された。しかし、その後2日今後は電話が使えなくなり、かなり不便であった。

停電はたったの2日。普段から準備し、防災訓練もしてきたことも活かされていない部分が多かった。震源地に近い地域では死亡者も多数出ており、自宅が崩壊して避難所生活が続く方が大勢いる。それに、7月に起こった西日本の豪雨災害や、東日本大震災と比べれば私の町は屁でもない。私の町でも、ケガされた方はいたものの、自宅が崩壊したとか、地盤沈下や土砂崩れもなかった。それでもずっと避難所に詰めていると、たった2日なのに今が何日かもわからなくなった。そして、停電解除後もしばらくはガソリンスタンドも行列。スーパーやコンビニの食品は空っぽ。飲み物や、乾電池、ラジオ、懐中電灯、カセットコンロ、発電機などが店から消えた。

 私の家族は冷蔵庫にあるものを食べ、外出しないのでガソリンスタンドに並ばずに済んだ。友人知人も目の色変えてスーパーで買い物することもなく、腐らせるともったいないので、冷凍庫の物を食べて毎日豪華な食事をしたと言っていた。ホームセンターに勤める友人の話では、営業が再開されるとみんなこぞって買い物をし、他人のかごの中身につられて、今必要がどうかを考えずに、どんどんかごに物を入れている人が大勢いたと言っていた。

 さて私と言えば、非常体制を解除されて地震3日後ようやく、部屋の片付けを始めたが、リビングの家具という家具はすべてずれており、他の部屋も改めてみてみるとすごい状況になっていた。縦揺れだったので、大きな家具も倒れず助かったのだが、家具を固定する必要を実感したし、ガソリンは半分になったら給油し、現金も多少は持っていなくてはならないと思った。あとは、非常食や水。以前より、家族の1日分程度の非常食は用意していたが、今後は、乾麺や乾燥食品をもっと常備しようと思っている。
今回の災害で、情報が入らないことがどれだけストレスになるか痛感した。避難所では食料や水を配布したが、避難所まで来られない高齢者もたくさんいたこと。自治体として反省点、次に活かさねばならないことが山積みだ。

 そして、しばらくは節電が呼び掛けられ、町のネオンや、スーパーも照明が間引きされた。ただ、私の自宅ではさてどう節電しようかと考えたが、普段から節電しているので、いつもの生活と変わりはなかった。

停電になってわかったことがある。9月6日は快晴であり、夜空を見上げると満点の星空であった。街中でも明かりがないとこれほどに星がきれいだったのかとかなりショックを受けた。人間がいかに自然を破壊しているかつくづく思い知らせれた。停電でも問題なかったのは、農家の方たちだった。幸い夏だったので、食料は畑にあるし、発電機がある家庭が多いので、農家の家は電気がついていた。最後は、食料を生産している人は強いんだなと思った。胆振東部地震を体験して、生活を見直さないといけないなと思った人は私だけではないだろう。

 最後になりましたが、この度の震災で犠牲になられた方のご冥福と、被災されている方の1日も早い復旧を心よりお祈りします。

北海道胆振東部地震を体験して(前編)

北海道胆振東部地震を体験して(前編)
               
                                                             北海道のある地方自治体職員


私は、町役場の職員だ。2人の子どもはもう社会人だが、子どもが幼い頃、常にこう言い聞かせていた。「お母さんは、大きな災害が起きた時、あなた達の安全がわかったら、町のみんなのお手伝いをするから、家には帰って来られないよ。お父さんやじいちゃん婆ちゃんと家で待っていてね」と。しかし、本当にそんな日が来るとは思っていなかった。

9月6日3時8分、大きな揺れで目を覚ます。揺れは大きいが、寝室では物が落ちたり倒れたりはしなかった(その時はそう思った)。そのため、それほどの震度ではないのかなと思い、隣のリビングに行って震源地がどこか確かめようと、のろのろと起き上がった。しかし、リビングの戸を開けて唖然とする。足の踏み場がないほど物が散乱しており、家具の扉もあいて中の物が飛び出ていた。テレビをつけると、震源地は比較的近い場所で、我が町の震度は5弱。息子と娘の住んでいるところは震源地から離れているので、まず大丈夫と思ったので連絡は取らず、職場に行こうと思った時、照明が消えた。停電だ。夫も夫の両親も起きていて無事であると確認したので、私は車で職場に向かう。夜中の3時過ぎ。真っ暗の闇の中、街灯も信号機もついていない。

 職場は、自家発電があるので、照明がついており、パソコンも使える。たくさんの職員が参集していた。すぐに災害時のそれぞれの担当が動き出し、私も町内の被害状況を確認に行くなどばたばたと動いているうちに、停電の理由は苫小牧東部の北海道最大の発電所の停止によるもの、すぐには停電が復旧しそうもない事がわかる。北海道全域で停電している。そして、避難所を開設することが決まった。
 次第に夜があけ明るくなると、震源地の厚真町の土砂崩れの状況がテレビに映る。集落が飲み込まれているではないか!私の課は、避難所開設が災害時の担当。避難所に行く職員を割り振る。通常の勤務時間になると、町民の対応に追われる。幸い、一部の高層住宅を除いて断水にはならなったので、ガスや、カセットコンロで調理ができる。私たち職員は、地震直後に勤務してから食事もとる間もなく、対応に追われた。

 一般家庭では、電気がつかないので、テレビからの情報もなくスマートフォン等で情報を取れる若者以外はラジオが頼りだった。どうやらコンビニの食料は売り切れ、スーパーは停電のため営業できず。ガソリンスタンドは現金のみの販売で1,000円だけの給油のため、長い行列ができていた。町内の事業所もほとんどが自宅待機になっているようだった。携帯電話の充電は、各避難所と役所で町民に開放したので、1日中、充電に来る町民であふれていた。

 私は、お昼にいったん自宅に帰って化粧をしてくる余裕ができたので助かった。が、その後夕方から午前0時まで。翌朝6時から正午まで、その後通常勤務して夜6時からと二晩避難所に詰めた。飛行機、JR、地下鉄、市電等交通機関も麻痺。バスも信号機がないのですべて運休。一般自動車は信号機がない中の走行だが、交差点ではなんとなくアイコンタクトで順番に通行し、交通事故はなかった。しかし、夜の車の走行はかなりやばかった。ヘッドライトが照らす範囲は思ったより狭い。真っ暗な中の運転がこれほどに怖いものだったのか。
 (後編につづく)
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