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寄り道小道 「好きなことをして生きる法案」

 もし、国策で、好きなことをして生きることが義務化され、それに従っていない人には懲罰が下ると議会で採決されたら、みんな何を始めるのだろう…なんてことを考えると、空想が拡がる。灰色のスーツに身を固めていた銀行マンが、ロン毛にアロハシャツでウクレレを弾き始めたり、カタブツの学校の先生が、キンキンの金髪にピンヒール履いて踊り始めたり、そんなことが起こらないかなあ。

 誰もが好きなことを始めたら社会は統制がとれなくなるだろう、と考える人もいるけれど、収まるところに収まってしまえば、案外うまくいくのではと想像してみたりする。地方で農業をやりたいという都会の人達は今や珍しくないし、例えば高収入が得られるなら漁業だって林業だって本当は楽しそうと思っている人は結構いるのではないかな。先日見たDVDでは、一流大学を出たインテリのお兄ちゃんが「本当は仙人になりたかった」という理由で山のキコリになり、炭を焼き、里に降りては環境問題を説いて暮らしていた。

 勉強も運動もダメだけれど、文化祭のクッキー焼きだけは大活躍でモテたという男子(今はオジサン)を知っている。彼は後に料理人になり、たくさんの人を喜ばせて毎日楽しそうに暮らしているが、もし会社員や公務員になっていたら、彼個人だけでなく職場やもっと言えば社会全体の損失になっていたことは間違いない。

 人間、好きなことをする時のパワーはすごい。周りから見ると、奴の頭の中どうなってるんだろう的な圧倒的質の差がある。ということは同じ時間の労働でも、このパワーが使われている方が生産効率もはるかに高く、品質やサービスもはるかに良い。ところがもったいなくも現実には、好きなことを仕事に選ぶ人は少なく、収入や安定など「条件」から選択することが普通になっている。

 好きなことをして生きる。よく考えたらこんなシンプルで簡単なことってない。自然の理にも適っている。それが難しいと感じるのは、子ども時代から「好きなことをして食っていくのは現実的でない」と思い込まされる言葉を限りなく浴びて育つからだろう。

 好きなことをした方がより社会に貢献できる。自分も楽しいし健康でいられる。もっと言えば、好きなことに打ち込んでいる人の方が人の足を引っ張らないものだし、陰口やら嫉妬やら無駄なことに時間を費やさない。好きなことをして生きるのは、人として義務と言っていいくらいだと思う。早く日本でそういう法案が通らないかなあ。

                                                        ムックマム編集長 小林あゆみ
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『ライフレッスン』

夏頃から父の身体が思うように動かなくなり、だんだんと寝て過ごすことが多い毎日になりました。
そんな父を年老いた母が介護をしている状態が続いています。
私は、離れて暮らしているので、時々、父の様子を見に実家に帰るのですが、
そんなに遠くない未来、父と会えなくなってしまう現実を受け入れるための心構えをしに行っているような気がし、また母に対しても申し訳ない気持ちになっていました。

そんな時に、ムックマムの創設者である小林あゆみさんから、一冊の本を紹介されました。
エリザベス・キューブラー・ロス『ライフレッスン』という本です。

皺が深く入り込んだ顔、でも、何かを訴えているかのようなつぶらな瞳、きちんとしたやり取りの出来なくなった会話、手の震え、自分で思うように動かすことの出来なくなった身体…そんな父を見ると悲しく涙が出そうになるので、どうでもいい話をし始める自分がいました。父の姿を見に行くことさえ、しんどくなっていたのです。
ですが、老いるということ、そして、いつか来るであろう別れを意識する時間を、父は
今、私に与えてくれているのだと『ライフレッスン』を読んだことによって、理解出来たのです。

人間は生まれてから死ぬまで、それぞれ個々に人生のレッスンを受けている。
それぞれ課題を抱えてこの世に存在している。
嬉しいこと、悲しいこと、しんどいこと、怒り、楽しいこと、…いろんな感情をその時々に私達は感じるのですが、その感情は自分以外には、実際にはわからない。
同じ体験をしたとしてもある人には、そんなこと…、と思っていても、別の人には、とても深い出来事だったり…。
その時々の自分の感情、感覚は誰にもわからないのだと。そして、それこそが個々に与えられたレッスンなのだとこの本は教えてくれるのです。
そして、私達の身体は繭みたいなもので、レッスンを受け終わった者は、その繭から解放されるのだということを。
あの世があるのかどうか?
父がいつも言っていたこと、
「こればかりは死んでみなけりゃわからない。俺は墓なんていらない。そこには俺はいないから、建てる必要がない」
「千の風になって」という唄が世に広まる前から、私が小さな頃から、そう言っていたのを思い出しました。

また、父が母にこんな言葉をかけていたことを知らされました。
「母さんや、なりたくてこんな身体になっているわけじゃないから、大変でも面倒みてくれや」と言ってくれたと。
この言葉を発した時に、父は自分の今後を感じとっていたのだと思います。
そして、介護をする母にとっても、今後に必要な言葉だったのだろうと。
会話がままならなくなる前に父がそのような言葉を母に伝えていたと聞き、
夫婦でしかわからない覚悟をそれぞれが決めたのかなと思うのです。

『ライフレッスン』には、死後の世界はとても美しく、現世よりとても素敵な場所だと書かれています。
そして、先に逝ってしまった親しい人が待ち受けているそうです。
だから何も恐れることはないと。これもまた、本当かどうかわからないことです。
自分が死んでみて、初めてわかることなんでしょうね。

父の現在を受け入れ、いつか来るであろう別れを、この本を読んだことで、その日を自然と受け入れられる気がします。
また、今、自分が生かされていること、起きている出来事は、私のレッスンであり、
何が起きても、全ては起こるべくして起こっている。そして私達は必ず死を迎えることになる…と思ったら、これからの自分や時代に不安がなくなりました。

今までも、いろんな方から、同じような類の本を勧められ手にしましたが、エリザベス・ キューブラー・ロスの『ライフレッスン』は、実際に起こった話を基に書かれているので、私にとっては、大変読みやすい本でした。
実は、読み終えると同時に、Amazonで、エリザベス・キューブラー・ロスの他の著作物を注文してしまいました。本棚には、これから読み始める本が並んでいます。
とても楽しみです。
秋の夜長に本を…ご興味がありましたら、『ライフレッスン』を手にしてみてはいかがでしょうか?



                        執筆:マコロンさん

                           東京在住の美容コンサルタント

転勤族「鳥取県」へ行く


 長男が高校受験を控えた中学3年の冬のこと。担任の先生との三者懇談の日に夫の会社の辞令が出ました。「米子(よなご・鳥取県)に転勤になった」と夫からのメールが・・・。
「えっ!兵庫から広島に転勤(単身赴任)になってまだ1年なのに。広島の高校を県外受験するつもりでずっと準備していたのに」と私は頭が真っ白になりました。この事態を三者懇談の席で初めて知らされた長男は、ショックを隠し切れず涙がぽろりん。「今すぐに決めなくてもいいから、出来る限り力になるからね」と先生になぐさめていただきました。
 その後もたくさんの方々にお世話になり、長男は無事鳥取の高校に合格し、長年暮らした兵庫県を旅立ちました。

 「鳥取県」の人口は57万人で全国47番目。つまり全国一人口の少ない県で、よく島根県と混同されます。県立の美術館がない。動物園も水族館も科学館もない。スタバもセブンイレブンもない。「ないものはない」の精神が必要なところです。
 私たちが13年間暮らした兵庫県で出合ったものは数えきれませんが、長男にとって1番の宝物は、「将棋」でした。近所のコミニュティーセンターで習いはじめ、プロ棋士の先生の主宰する道場に通い、将棋友達もたくさん出来ました。
 鳥取でも将棋が続けられるのかが心配でしたが、長男の入学した高校にはなんと「将棋同好会(現在は『将棋部』に昇格)」がありました。先輩とともに全国大会の団体戦出場の切符を手にすることが出来たのですが、兵庫だったらなかなか叶わないことです。

 山陰の県立高校では「修学旅行がない」ところが多く驚きでした。息子の学校も修学旅行はありませんでしたが、将棋を通じ、北海道、茨城、富山、岡山、福岡、長崎と大会に出場させてもらい、友達と再会して将棋が指せたことは大きな喜びでした。
 遠方で行われる将棋大会では、送迎を兼ねて私と夫も一緒に出掛けました。鳥取、倉吉、湯梨浜町、三朝温泉、出雲、三次(みよし・広島)など「わざわざは絶対行かないよね」というようなところにも足を運ぶことが出来たのは、まさに将棋のおかげ。賞品がカニだったり甘海老だったり、参加賞が温泉入浴券だったりと地域色が濃いところです。また、山陰の将棋関連の方々はとても親切で優しく温かく、私達にとって大きな心の支えになっていると思います。

 鳥取に来て2年半になりますが、まだまだたくさんのお宝があるのではないかと思う今日このごろです。

(文責:かなっち)
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