Profile

mukkumamu

Author:mukkumamu
ナチュラルライフのご提案


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QR code

QR

夢について考える 第一回

西田卓司
ツルハシブックス劇団員(店主)/茨城大学社会連携センター コーディネーター

「夢について考える」をテーマに、3回にわたってお送りします。私は新潟市西区の内野駅前にあるツルハシブックスの劇団員(店主)をしています西田です。2015年1月から並行して茨城県水戸市の茨城大学でコーディネーターをしております。2015年秋には東京・練馬・上石神井で10代のための古本屋「暗やみ本屋 ハックツ」を立ち上げる予定で準備しています。

ツルハシブックスのレジに立っていると、たまに、暗い顔をした大学生が入ってきます。
「やりたいことがわからない」と彼は言います。
そんなことたいしたことないだろう、とりあえず何でもやってみればいい、と僕は思います。

これは、彼らが受けてきたキャリア教育の結果であると思います。
夢(多くの場合、なりたい職業)を持ち、それを小さな目標に切り分けて、今、ここに向かって努力している。
これこそが理想の状態だと教え込まれてきました。

ここでは、「夢を持つこと」の意味をもう一度考えるきっかけとなればと思います。

一回目のテーマは「子どもが夢を持たなくてもいい3つの理由」
子どもに夢を強制するのはやめましょう。ごく一部の子どもを除いて、夢を持つことのメリットがありません。その理由は

1 時代の変化が速すぎる。
2 自分の得意なことが分からない。
3 カッコイイと思える大人はその年の時点で決めていない。

1 時代の変化が速すぎる
 2011年8月、ニューヨークタイムズ紙に載ったアメリカ・デューク大学のデビッドソン博士の言葉が波紋を呼びました。「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」
 これは日本でも起こりうる話です。時代の変化が速すぎる。たとえば、誰もが検索エンジンとして使っているグーグル社が設立されたのは1998年9月です。ということは、今年25歳になる人たちが小学校1年生の入学時にはグーグル社は存在しなかったことになります。
 1年間でたくさんの企業が生まれ、成長し、あるいは衰退し、消えていく。昔のように1度就職したら定年まで働ける人はごくわずかです。
 そうだとすると、子どもの早い時期に夢(なりたい職業)を決めることにどんなに意味があるのでしょうか?

2 自分の得意なことがわからない
 子どもは経験が足りません。自分が何に向いているか?どういう技術を生かして、仕事をしたらよいのか?自覚している子どもはほとんどいないでしょう。それにもかかわらず、夢を持ち、そこに向かって最適化(効率化)する意味があるのでしょうか?もっとも危険なのは、たとえば、小学生か中学生の時に美容師になりたいと思います。すると、美容師の専門学校への進学を勧められます。そして夢を叶えて美容師になったとします。この時点では成功者です。しかし、美容師の仕事は、最初はひたすらシャンプーをすることになります。そのときに、もしかすると薬剤にまけて、手が荒れる。それがどうしようもなくなったとき、彼は美容師を辞めることになります。そのあと、彼はどうなるのか?新たに夢を見つけ、進んでいけるのでしょうか?幼い時に夢を定め、最適化することで人生の選択肢を狭めていないでしょうか?

3 カッコイイと思える大人はその時点では決めていない
 3つ目の理由はもっと直感的です。身近にいる人で、自分がかっこいいなあと思う人(職業人)を思い浮かべてみる。その人に直接聞いてみることにします。「何歳のときに、今の仕事に就こうと思いましたか?」すると、一部のスポーツ選手(あまり身近にはいませんが)や医者、学校の先生などの資格のいる仕事を除き、カッコイイと思う大人の多くは20歳、あるいは30歳を過ぎてからその仕事に就こう(あるいはたまたま偶然のめぐりあわせで)と決めたことがわかります。つまり、自分の直感に照らし合わせると、子どものころに夢を持つことは将来に直結していないことがわかります。

第二回につづく


mnagao270329.jpeg
イラスト:長尾正大



スポンサーサイト

島でみつけた暮らしの楽しみ方

島でみつけた暮らしの楽しみ方
                             西村朋子

私は夫とまもなく4歳になる息子の3人で広島県にある江田島に住んでいる。
それまでは広島市内の賃貸アパートに住んでいたが、自然豊かな日当たりのよい広々としたところで子どもを育てたいと一軒家を借りて3年前に移住した。

「田舎暮らしいいよね」と軽い気持ちで移住したが、手足を動かすことなく便利に暮らせる生活がなじんだ私たちが暮らし始めた庭はたちまち雑草や竹が生い茂り鬱蒼としてきた。
しかたなく草取りを始めたが、果てしがない。なんとか心の折り合いをつけようと「雑草と楽しむ庭作り」という本を図書館から借りてきた。好きな雑草を残して定期的に刈りこみ、芝生のかわりに雑草をグランドカバーにするという話に心が動く。私はタンポポとクローバーを大事にして試みている。切った竹や、庭木の剪定をして出た大量の枝は乾かして焚火にする。サツマイモに熾火をかぶせて焼き芋までするともう、これは、楽しい。
息子は掘り出したギシギシの根をゴボウにしてままごとをはじめたり、道路工事になったり。
image005.jpg

じつのところ、私は子どもを公園へ連れて行くことが苦手だ。子どもが遊ぶのをただ見て待つことが退屈で早々に帰りたくなってしまう。島では、私が庭の草取りをしているときには息子もかたわらで熱心に作業をしているし、家の下に広がる浜辺へ散歩に行けば、きれいな色の貝がらやシーガラスを探したり潮だまりをのぞいたり二人とも満ち足りた気持ちになれる。
image006.jpgimage004 のコピー


移住後しばらくして顔見知りになった近所の人が「こんなにいい環境なんだから子どもたちを集めて見守ってのびのび遊ばせよう」と自主保育の集まりを提案してくれた。それから気候のよいときには4家族と週三日ほど午前中に野山で食べられるものを採りにでかけている。
image008.jpgimage005 のコピー


わらび、藤の花、クレソン、よもぎ、野イチゴ、さくらんぼ、桜の実、梅、無花果、あけび、栗、柿、渋柿。甘い実はそのまま子どもたちの口に入り、それでも残ったものはその日の午後、台所のテーブルの上に広げて汚れをとったり、あくをぬいたり、皮をむいたり、干したり、漬けたり。
image007.jpgimage006 のコピー


というと自然豊かな島暮らしを堪能しているみたいだけれど、週2・3日は夫を送迎するために息子を母に預けて車で出かけている。片道2時間かけて通勤する夫がパンクしたり溝にはまったりしたのをきっかけに、私から送迎を申し出た。仕事が終わるまで図書館やカフェで過ごす一人の時間や、いつも仕事で忙しい夫と車中で他愛ない話ができる大事な時間になっている。

この暮らしも息子の成長や夫の仕事のありようや私のそのとき大事にしたいことの変化で少しずつ少しずつ変わっていっている。いつも遊んでいる子どもたちも4月からは入園するので自主保育も3月までだ。

はじめは変化が嫌なものに感じても手足を使って対応していると、やがて思いもよらなかった景色が広がってくる。面倒な雑草取りが焼き芋につながるように。それが島に移住して体でわかってきた暮らしの楽しみ方です。
image003.jpgimage004.jpg





 | ホーム |  page top