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「カナヅチ・トリロジー 第二話」

「カナヅチ・トリロジー 第二話」 榎並 摂子

ささえ愛よろずクリニック ヨーガ・内観指導

内観瞑想会「ここから」主宰





小学校5年生のときにロシアのハバロフスクに行く機会があった。

夏休みを利用して、国際交流のキャンプが開かれたのだ。



ハバロフスク郊外の大自然の中

姉妹都市である新潟市から参加した数十名のこどもたちが

ハバロフスクのこどもたちと交流するというプログラムで

わたしは初めて親元を離れて数週間という長い時間を過した。



新潟空港から飛行機に乗って飛び立った時は

ワクワクして、これからの自分の人生を思った。

きっと、こうして何度も空を飛ぶのだろう。

そんな気がした。



毎日が新しい発見に満ちていて

楽しくて、楽しくて仕方がなかった。



青い目をしたリアナという可愛らしい友だちもできた。

佐渡から持って行った浴衣をプレゼントすると

とても喜んで頬にキスをしてくれた。



夜中、引率の先生たちが別の部屋で

ウォッカとキャビアを楽しんでいる時に

友だちと一緒に先生の部屋に忍び込み

冷蔵庫の中のチョコやキャビアを食べたりしたこともあった。


こんな黒いつぶつぶが「高級」だなんて不思議だった。

「絶対に飲んではいけない」

と言われていたので、生水は飲まなかった。

ところが、ある日、町へ出かけた時に

先生に屋台で買ってもらったアイスクリームに

全員が腹を下した。



生まれて初めて正露丸を飲んだ。

散々な目に遭ったのに

屋外にあるトイレに順番に並ぶ自分たちが可笑しかった。

とにかく、毎日、良く笑った。

そんなある日、向こう岸が見えないくらいに

広い、広いアムール川で
ハバロフスクのこどもたちと

新潟のこどもたち対抗の水泳大会が行なわれることになった。



佐渡からの参加はわたしだけで

「佐渡っ子」と呼ばれてみんなに可愛がられていた。



佐渡のこどもはみんな泳ぎが得意だと思われていた。

「佐渡っ子」はロシア人のこどもと水泳で競争することになった。



少し濁ったアムール川の水を見て不安になった。

一応、枠で囲まれて「プール」のようには見えたが

足は着かないようだった。



クロール?

平泳ぎ?

息継ぎ?


そんなこと、何も知らなかった。

とにかく、この「端」から「端」まで泳げばいいのだ。



この時まで、わたしは

わたしにできないことがあると知らなかった。

なんでもやってみればできると思っていた。



次々に飛び込んで新潟の友だちが泳いでリレーをしていた。

わたしの番になった。



みんなの真似をして飛び込んでみた。

しこたまお腹を打った。



それでも向こうの「端」を目指して泳いだ。

足をバタバタさせて

みんながしていたように手を動かした。



誰の目にも溺れているようにしか見えなかっただろう。



でも、わたしは負けず嫌いだった。

たくさん水を飲みながら

仲間の待つ「端」まで頑張った。



実は、この時のことはよく思い出せない。

どうやってプールから上がったのか?

チーム新潟はハバロフスクに勝ったのか?



ただひとつ確かなことは

このとき以来

「佐渡っ子は二度と水に近寄らなくなった。」ということだ。

ハバロフスク


(第三話へ続く)



ムックマムファンの皆様、こんにちは。

榎並摂子(えなみせつこ)と申します。

新潟市を拠点に

ヨーガと内観瞑想をお伝えする活動をしています。

最近は「内観瞑想」の人気が急上昇中です。

第二話も、お楽しみいただけたでしょうか?

「カナヅチ・トリロジー」は

わたしが実際に体験したことを元に書きました。

今回は今のロシアがソビエト連邦だった頃に

ハバロフスクへ行った時の体験です。
「トリロジー」の意味が気になる方は

どうぞ「カナヅチ・トリロジー 第一話」をお読みください。

ありがとうございます♪

            愛を込めて せつこ☆
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「カナヅチ・トリロジー 第一話」

「カナヅチ・トリロジー 第一話」 榎並 摂子


[ささえ愛よろずクリニック ヨーガ・内観指導
]
[内観瞑想会「ここから」主宰

]



ある晴れた日の午後

若い父親は、松林の間を通り抜け

たばこ畑の中を2歳になったばかりの娘を自転車に乗せて走っていた。

そよそよと吹く風は心地良く、夏の匂いを運んで来た。

きっと海は凪いでいて穏やかだろう。

こんな日は、わが娘の人生初めての海体験にはピッタリだと考えていた。

母親が選んだ小さな可愛らしい縞模様の水着を着せられた娘は

裾の方についているフリルが気に入っている様子で

道中、何度もフリルに手を伸ばしては子乗せ用のハンドルから手を離した。

松林の終わりが見えてきて、潮の香りがした。

自転車をとめて、顔を上げると松林の木立の間から海が見えた。

娘はくたびれた様子も見せずに走り出した。

                    おんなのこ


初めての海だ。

ひとしきり浜辺で砂と遊んだ後、父親は娘を抱いて泳ぎ始めた。

若い父親の生まれた町は海がすぐ側にあった。

こどもの頃から友人たちと海で遊び、泳ぎには自信があった。

実際、この日も軽やかに泳ぎ始め、沖の方へ出た。


腕の中の娘は怖がる様子も見せず、海を楽しんでいるようだった。

波間に浮かんで、海と溶け合ったように思えた。

ふと、何かが腕の間をすり抜けていく感覚があった。

「あっ!」
と心の中で叫んだ時にはもう娘は海の底へ向かって沈み始めていた。

ほんの一瞬のできごとであった。

慌てて娘を拾い上げた。

若い父親は、たくみに片足を使い、力強く泳いで岸まで戻った。

岸までの距離が長く感じられた。

ずっとだまっていた娘が、砂の上に身を置かれたとたん泣き出した。

大きな声だった。

父親はその声を聞きながら

数年前に事故で無くした自分の片足を思い出していた。

前はもっとうまく泳げたのに。

この足があったら、きっと、もっとうまく泳げたのに。

帰り道のことはあまりよく覚えていない。

家の近くまで来て、自転車を降りて歩いていたとき
娘が、通りがかった家の前に置かれたバケツの中をのぞき込み
「いやっ」と言って泣き出した。

なかなか泣き止まずに困り果てた。

母親がその声を聞きつけて家から出てきた。

娘は、さっきまで泣いていたことが嘘のように笑った。

若い父親はふと気になって

バケツの中をのぞいてみた。

水の中に蟹がいた。
海の藻と一緒に。


(第二話へ続く)



ムックマムファンの皆様、こんにちは。

榎並摂子(えなみせつこ)と申します。

新潟市を拠点に、生き辛さや弱さを軸に

ヨーガと内観瞑想をお伝えする活動をしています。

第一話、お楽しみいただけたでしょうか?

「カナヅチ・トリロジー」は
わたしの父が実際に体験したことを元に書きました。

「トリロジー」とは「三部作」という意味です。

ポール・オースターが大好きで、20代の頃にたくさん読みました。

今回の題は、特に好きだった

「ニューヨーク・トリロジー」からいただきました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます♪

次回は更にナゾが深まる〜お楽しみに!

                愛を込めて せつこ☆

子どものお習字 第3回目

子どものお習字    第3回 「見守る」
                              小川 和恵


 教科書に載っているお習字の手本は、学年に応じてはいるものの、とても多くの子どもたちを対象としています。ですから、どんな子にもわかるように、明瞭でスッキリと、どこを取っても隙無く正しく、芸術表現としては少し物足りないくらいに書かれているわけです。それを全部の子どもが、そのままコピーのように書かなくても良いのだと思います。いろいろな書きぶりが現れてこそ健全なのであります。
 
本来手本とは、相手に応じて、今、それを習う人に特に学んで欲しい部分に配慮して書かれるべきものです。週末に家族でお山に行って来た1年生には「山」という字を。先週、“払い”の筆遣いを会得したばかりの3年生にはもう一度“払い”のある字を。それがよく書けるようになったら少し進めてシンニョウのある字を選ぶ、という具合にです。
まずは文字を教え、筆順を教え、形の特徴や基本点画の筆づかいを習わせて、例えば勢いよく書くということ、紙に収めるということ、という具合に、段階的な指導に耐えうる手本が、良い手本です。そして、生きた手本は、いつでも習う人の不足を充分に満たすものでなくてはなりません。指導者はそれだけ学ぶ子どもの状況を理解し、かつ絶対的な技術を持ち合わせた存在でありたいものです。

高学年になっても、ただ漫然と手本を習い、100枚の中から先生が良いのを選んでくれるだろうとか、先生が選んだものの理由が本人にわからないというのでは、甲斐もない事です。けれども、もし真剣に書いた子どもが手本と似ても似つかない作品を仕上げたとしても、充分に認め、喜んであげてください。それは、その子が手本の中の、ある要素をつかみ出した現れかもしれないのですから。
筆という柔らかな筆記具で、にじむ紙にたっぷりと線を書く、それだけでかなりの癒しであり、子どもの心に芯を作る、喜ばしい作用があるものです。
小学校3年生からお習字の授業が始まりますが、私は1年生からのお習字をおすすめしています。前にも述べましたが、それは毛筆の力が硬筆に影響する、と考えているからです。そして、お稽古は鍋磨きと同じです。お鍋はあと1回、あと1回こすったら、お焦げが落ちるかもしれないのです。お習字も、あと1枚、あと1枚書いたら、できるようになることがあるかもしれません。
子どもが夢中で字を書く姿はとても美しいものです。お部屋が汚れるなんて言わないで、どうぞおとなは環境を整えて、見守ってあげてください。

小川さん 3回目画像(縮小)
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