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日本一通信速度の遅いコミュニケーションツール 後編

<前編のあらすじ>
 小学5年生の時に父の仕事の都合でたった1年だけ住んだ三重県。そこで知り合ったさとみちゃん(仮名)とは大人になった今でも年賀状をやり取りする関係が続いている。柔道が強くなりたい長男がさとみちゃんの住んでいる町の高校に下宿して通うことになった。長男が高校に入学する年にさとみちゃんへの年賀状に「長男がY高校へ柔道をするために行くことになりました」と添えた。そして一年が過ぎようとしたその年の12月、高1の長男からのラインメッセージで
「今日の錬成会で、お母さんの友達の弟って人から声かけられたよ~」と来た。


 弟さん?そういえば、さとみちゃんの弟いたなあ。
まだ小学生になっていなかったけど、果敢におねえちゃんに付いて来て遊んでいるやんちゃな子だった。

 そしてその年の年賀状の片隅にまた一言書いた。
「うちの息子が12月の錬成会で声かけてもらったそうです。さとみちゃんの弟さんの宏くん(仮名)ですよね?」

 そして5月。長男の試合の応援で三重を訪れた時、柔道の審判服を着た青年に声をかけられた。
「川嶋(仮名)です。初めまして。」
「ああ、川嶋さんですか!宏さんですね。さとみちゃんの弟さんですね。」
「いえ、それは兄で、私は弟のほうです」

 そういえば、私が三重を引っ越しする前、さとみちゃんのお母さんは臨月の大きなお腹をしていた。引っ越しする直前くらいに赤ちゃんが生まれて、短い時間ではあったが何度か遊びに行って赤ちゃんと遊ばせてもらった。もちろん名前も覚えている。
小学校5年生の頃の記憶は37年経ってもすぐに蘇る。
「ああ、赤ちゃんだった洋介くん(仮名)!」
 私は赤ちゃんだった洋介くんしか知らないし、赤ちゃんだった洋介くんはさらに記憶がないので、互いに「初めまして」の対面であったがどこか懐かしかった。さとみちゃんのお父さんの面影もある。

 小学生のころに、1年だけ過ごした三重県に、一人だけ年賀状で繋がっている友達。
その弟さんは柔道の道を進んで柔道整復師となり、柔道の後進指導にあたっている。
うちの息子は兵庫から三重県へ行き、柔道の大会で弟さんに巡り合って指導してもらって、その日は審判でもお世話になった。
 ピンポイントで繋がる縁の糸の不思議さを感じた。

 こういう縁というのは、ただの偶然ではないのだと思う。
小学生もしくはそれ以前から繋がっている幼なじみや、転居してから一度も会ってもいないし電話の連絡もしていない友人。
年賀状の季節だけ、どうしているかな?元気でいるかしら?と思い出す人間関係。
年賀状の片隅に添えた一言に1年後に返事が返ってくるような、気の長いコミュニケーションツールだから繋がっていられたのかな。細いようなそれでいて強く繋がっている糸に感謝の思いを寄せた。
 これからまた1年1年歳を重ねていき、この先こんな偶然があるかはわからないけれど、日本一通信速度の遅いコミュニケーションツールは、20年30年50年後に、もしかすると私がこの世からいなくなってからも、私の家族や知人に素敵なご縁を運んでくれるかもしれない。

 今年の年末にもそんなことを思いながら、またあくせくと年賀状を印刷し、ひとことメッセージを書いて、出そうと思っています。


文責 ムックマムスタッフ OK3(おけいさん)


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日本一通信速度の遅いコミュニケーションツール 前編

 ちょうど真裏の季節の話題で恐縮なのだが、毎年年末にしなければならない大仕事の一つに年賀状作りがある。今ではパソコンで表書きも裏のレイアウトもしてしまうので、それほどの肉体労働にはならないのだが、年に一度の便りなので少し緊張しながら一言添えてなんとか元日配達に間に合うようにポストへ滑り込ませる。最後の年賀状を出し終わると一年最後の仕事が終わったようでほっとする。
 こんなにも電子文書の発達した昨今、年賀状を出す行為そのものが減少しているようだが、やはり私たち昭和世代(?)には根強く残るコミュニケーションツールではある。
 最近親しくなった友達にももちろん出すが、高校の恩師や初めての職場の上司にもずっと出し続けている。そして小学校や中学校の頃の幼なじみにも。

 私は親の仕事の都合で子どもの頃3回の引っ越し・転校をした。埼玉・茨城・三重・群馬。子ども心に淋しくもあったし、不安もあったし、わくわくもあった。
 三重県は一番短くて、1年ちょっとしかいなかったけれど、小学校4年生から5年生の多感な頃に、人情深い田舎の小学校でいろんな体験をさせてもらったし、すごく濃厚な1年間だった。三重の友達で年賀状で一人だけいまだに繋がっている「さとみちゃん(仮名)」という友人がいる。
 大人になって就職してお互い家庭を持って、私は兵庫へやってきて住む場所は変わっても、転居の知らせをしてずっと繋がっていた。一年に一度の年賀状の便りのお陰で。

 うちの長男が高校へ進学するとき、柔道が強くなりたくて、三重県の高校を選んだ。
「なぜ三重県?県内の高校でも柔道は出来るじゃないか!?」と母である私は反対したかったが、彼の決意は固く三重の高校へ進学した。3年間お世話になる下宿先は、私が子どもの頃過ごした田舎町だった。
 ああ、懐かしいなあ。一人だけ繋がっている三重のさとみちゃんへ、その年の年賀状の片隅に「長男がY高校へ柔道をするために行くことになりました」と添えた。四日市に住んでいる彼女ならお馴染の高校かもしれない。
 一年が過ぎようとしたその年の12月、高1の長男からのラインメッセージで
「今日の錬成会で、お母さんの友達の弟って人から声かけられたよ~」と来た。
「え?どんな人?」
「なんかどこかの柔道の先生みたいだった」
 え~~?
 三重県の私の友達ってことは、唯一繋がっているさとみちゃんしかいないではないか!

<後編へ続く>

文責 ムックマムスタッフ OK3(おけいさん)
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