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もしかしたら人生は あべこべ

もしかしたら人生は あべこべ②                 佐々木康行

せっかくの人生ですから自分らしく生きて行きたいと皆さん思われていると思いますが、多くの場合、自分の中に話す自分と、行動する自分と、本音の自分が存在していると思います。この3名が同じ方向で働いている時は自己矛盾が無いので良いのですが、それぞれがバラバラに行動すると、その不調和から体調を崩してしまう方がいます。例えば みそラーメンが食べたい時にラーメン屋へ行き、みそラーメン下さいと言えば みそラーメンが食べられます。ところが友人から「ハンバーガーショップへ行こう」と言われて「チーズバーガー下さい」と言えば、食べられるのはチーズバーガーです。ここには自己矛盾が発生しています。

自分が何をするためにこの環境に生まれて来たのかを知るためには、自分探しをする必要がありますが、その答えはスマホを使っても探せません。評判の良い占い師やヒーラーから教えてもらう事を欲する方もいると思いますが、その時に得た情報を信じるかは、最終的に自身の感性になるかと思います。私はそれよりも、答えを外に求めず、静かに自分の内なる声を聴けば、自然とわかる事かと感じています。

自分と向き合う時、それを妨害するものは、これまでの生活の中で自分を守るために身につけている鎧や武器や仮面です。これらの道具をその時々に使い分ける事で、現代人は上手な世渡り術を身につけています。例えば、親の前ではこの仮面をつけているような感じでしょうか。自分探しをする時には、他人から邪魔されない絶対的な安全地帯となる場所と時間を作らなければ、怖くてこれらのものを手放す事は出来ません。そして自身の役割がわかったら、それに集中するだけです。

例えば、オーケストラのバイオリンの役割は、指揮者の合図に合わせて、その時に出来る最良の音を最適なタイミングで奏でる事だけに集中したら良いのですが、チェロの音がズレたとか、フルートが間違えたとか、指揮者の能力が無いとか他人の事を気にする事で、自身のパフォーマンスへのパワーロスとなります。本来ならばチームメイトの事を信じ切る事で、自分の事だけに集中出来ます。その結果、最高のハーモニーがつくり上げられます。

自身の役割がわからない時は、目の前の事を一つ一つ誠実に対応して行けば必ず道は開けます。例えば、自分はハンバーガーショップの店員としましょう。自分の前にお客様が100名並んでいたとしても、後ろのお客様が「早くしろ」と怒鳴ったとしても、レジでの応対は、目の前のお客様へ普段通り誠実に接するだけです。あとは時間が解決してくれます。

私達は生活していく中で、良い事も悪い事もお互いに影響を与え合います。目の前で起こる体験の中には、その方にとって気づいて欲しいと思われる様々な課題が必ずそこに隠れています。人生に無駄な事などひとっつも無く、全てに意味があります。全てが必要、必然、最良のタイミングで起こっています。そして転びながらでも気づく事が出来れば良いのですが、転んでも気づけなくてその場から脱け出せない時や、同じ場所で何度も転んでしまうこともあります。そういう時は、結果に惑わされないで、原因の根っこのところを見極めると理解する事が出来るのかと感じています。 

 他人の痛みを我が事として感じる事が出来る方々は、他人の経験を通しても気づく事が可能です。そしてそんな方々には、自分と他人との分離感も無いのです。

第3回(最終回)につづく・・。
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コメント

分裂、ありますよ!本音はこうでも、それでは周りの人に悪いよねとか。その根っこにあるのは自分のワガママでしょうね。でも我慢もよくないって思うし、そうするとグルグル巡回して、結論出ず。こういう時ってどうしましょう?
2016-10-10 21:54 | 海の声 #- | URL [ 編集 ]

佐々木さんはスマホやパソコンを持っていらっしゃらないので、かわりにスタッフが聞き取りをいたしました。

【海の声さんへ】
他人の目線や評価を気にするよりも 自分自身の感覚を もっともっと信じ切って上げて下さいませ
私的は 我慢やストレスが 自身の身体に一番良くないかと感じていますから 他人に合わせて我慢するくらいならば 他人に迷惑かけてでも 自分の感じたままに動いたら良いかと感じています その方が自分らしく 自身の役割を果しているかと感じています
当然 他人に迷惑をかけてしまった事実が有るのならば そのためのむくいやパッシングは あまんじて受け入れたら良いかと感じています そこでの経験や学びから 次に繋がる気づきが得られるならば やるべき価値のある経験かと感じています 人間は 転びながら 痛みを伴う経験をすることで 学ぶことや気づくことの方が 圧倒的に多いかと感じています
2016-10-16 13:07 | 佐々木さんより #- | URL [ 編集 ]

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